第95話 してほしいことってないの?

「ねえ、祐介くん」

 そろそろ眠くなってきたので、自分の部屋に移動しようとした俺に、那月さんが声をかけた。

「なんです……なに? 那月さん」

 さっき敬語を取るように言われたばかりだから、まだまだ慣れないな。

 ソファに座っている那月さんを見ると、那月さんは自分が座っている隣をポンポンとしている。

 ……どうやらここに座れと言っているみたいだ。

 那月さんの顔がちょっと赤く見えるのは、暑いからだろうな。今日も安定の熱帯夜みたいだし。

 那月さんの隣に座るって意識してしまうと、顔が熱くなりドキドキもするんだけど、那月さんのお願いを断るわけにはいかないのでゆっくりとソファへと向かう。

「えっと……失礼します」

「ど、どうぞ」

 俺は一言言って那月さんの隣に座った。

 だけど那月さんは俺がいるのとは反対の方向を見ている。そっちにはエアコンがあるし、暑いから顔の熱を冷まそうとしているのかな?

「「……」」

 お互い喋らず、那月さんは相変わらずエアコンの方を見ている状況……色んな意味でドキドキが強くなる。

 一分ほどの沈黙の後、那月さんは大きく深呼吸をして、俺を見て言った。

「ゆ、祐介くんは、私にしてほしいことってないの?」

「し、して、ほしい……こと?」

 いきなりの、なんの脈絡もない質問に思わず面食らってしまう。

「う、うん。思えば私がここで暮らしはじめてから今まで、祐介くんからあまりお願いされたことがなかったなって、今日真夕さんとお茶してて思ったの」

「あ、今日はマユさんと一緒にいたんですね」

「うん。それで、祐介くんは私にしてほしいこと、ない?」

「してほしいこと……う~ん」

 俺は腕組みをして考える。

 那月さんにしてほしいことなんて、すぐ出てくるはずがない。

「あ! ……え、えっちなお願いは……だ、ダメ、だからね?」

「わ、わかってますよ!」

 な、何言ってんだ那月さん!? そんなの候補にも上がってなかったのに……。

 うわぁ、さらに考えがまとまらなくなってしまった。これ、また後日にしてもらえないかな?

「なつ───」

 俺は先延ばしをお願いするために那月さんの方を向いて、そして隣にいる那月さんを改めて見て固まった。

 絹のようにさらさらなライトブラウンの長い髪。エアコンの方を向いてるから顔はわからないけど、髪からのぞく耳が真っ赤になっている。

 身体は細いのに、女性の部分はしっかりとその大きさを主張している。

 手も細くて綺麗だし、脚だってそこら辺のモデルも真っ青になるような美脚。

 加えて超絶美人で可愛い。

 ダメだ! 今、那月さんを見続けると煩悩が次から次へと溢れてくる! み、見ないようにしないと。

「───」

 俺が煩悩を滅却しながら那月さんへのお願いを考えていると、かすかにだけど那月さんの声が聞こえた。

 なんて言ったかまでは聞き取れなかったけど、確かに聞こえた。

「那月さん、今なにか言いまし……言った?」

「へっ!?」

 肩がビクッと跳ね、すごい勢いでこっちを見た那月さん。顔が真っ赤だ。

 それに遠心力で舞った髪も綺麗だ。

 それにしても、なんでこんなに慌ててるんだ?

「いや、なんか那月さんの声が聞こえた気がしたから、何を言ったのか気になって───」

「な、なんでもない! なんでもないからーーー!!」

 那月さんはソファから立ち上がり、そのまま走って廊下に出て……と思ったら顔の半分を覗かせてこちらを見ている。相変わらず真っ赤だ。

「お、おやすみ……祐介くん」

 それだけ言うと、那月さんは覗かせていた顔をヒュッと引っ込めて、今度こそ自分の部屋に入っていった。

「お、おやすみ、なさい……」

 俺だけしかいないので、当然ながら返事がかえってくることはなかった。

 なんだったんだろうな? 那月さん……。


 私はベッドでうつ伏せになり、枕に顔を埋めて足をバタバタとさせていた。

「はぁ……は、恥ずかしい……」

 最後のアレ、なんで口に出しちゃったんだろう? 幸いにも祐介くんには聞こえていなかったけど。


『祐介くんになら、えっちなことをお願いされてもいいけど……』


 なんて……!

「~~~~~!」

 この日は寝付くまでにかなりの時間がかかった。

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