第91話 すごく緊張する
バイトも終わり、俺は今、家の前にいる。
当然ながら明かりはついているので、那月さんがこの中にいる。
やべぇ……すごく緊張する。緊張して汗がダラダラ出てくる。
いや、単に夏の暑さが原因かもしれないけど、でも緊張しているのは紛れもない事実。
単純に家に入るだけなのに……いつもだったら立ち止まらずに扉を開けるのに。
家の中に好きな人がいるって考えただけで、扉を開けるのを躊躇ってしまう。
那月さんがここで同居を始めたばかりの時も、こんな気持ちになってたかもしれないけど、今はその比じゃない。
那月さんには……会いたい。そりゃ好きな人なんだから会いたい。
でも、どんな顔して会えばいいかがわからない。
普通に「ただいま」と言って入れば……那月さんの顔見ただけで自分の顔が熱くなりそうだから難しい。
かと言って遠慮気味に入れば那月さんは絶対にどうしたのかを聞いてくる。俺を心配して近づき、その綺麗すぎて可愛すぎな顔で俺を見てくる。
……ダメだ。とても平常心を保てる自信がない。
ああでも、俺がここでうだうだ考えて中に入らなかったら、なかなか帰ってこない俺を那月さんが心配しそうだ。
那月さんに心配されることに嬉しさを感じてしまうけど、こんなことで心配させてしまうのはさすがにダメだ。
うん。覚悟を決めて入ろう。
俺は二度深呼吸をして、意を決してドアハンドルを持ち、それを引いた。
いつもと変わらない、一年以上暮らして見慣れた廊下。
那月さんは奥の部屋かな。
俺は靴を脱ぎ、スリッパを履いてゆっくりと廊下を進み、リビングダイニングに続く扉をゆっくりと開けた。
「あ、おかえりなさい祐介くん!」
部屋に入った瞬間、那月さんの声が聞こえて心臓が大きく跳ねた。
那月さんは食卓の椅子に座って俺の帰りを待っていたみたいで、俺を見つけると椅子から立ち上がり、パタパタとスリッパを鳴らしながら笑顔で近づいてくる。
風邪が完治した那月さんの笑顔……とてつもなく綺麗で可愛い。
「た、ただいまです。那月さん」
俺はいそいそとリュックを下ろし、中から弁当箱を取り出して、それを那月さんに渡した。
「き、今日も美味しかったです。その、ありがとうございます」
「どういたしまして。ふふ」
「っ!」
那月さん、今日はいつも以上に上機嫌というか、笑顔だ。見ていてすごくドキドキする。何かいいことでもあったのかな?
「お腹すいたでしょ? 準備出来てるから早く食べよ」
「あ、その……」
「ん? どうしたの祐介くん?」
笑顔を崩さないな那月さん。
「夕飯の前に、先にお風呂に入ってきてもいいですか?」
この真夏の暑さで汗がべっとりだったので、早くお風呂に入って汗を洗い流したい。
それに、この汗臭いままで那月さんのそばにはいたくない。
「わかった。じゃあ待ってるね」
「い、いや! もう遅い時間ですし、那月さんは先に食べ───」
「私が祐介くんと一緒に食べたいから待ってるよ」
「っ!」
そんな笑顔で言われたら、俺からはもう何も言えない。
「わ、わかりました。早く入ってきますね」
「ゆっくりでいいよ。いってらっしゃい」
笑顔の那月さんに見送られながら、俺は自分の部屋へと向かった。
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