第88話 普段の顔を思い出すだけで
その日のお昼、今日もお休みをいただいてしまった私は、同じくバイトが休みの真夕さんを誘ってとある喫茶店でお茶をしていた。バイト先の『煌』じゃないよ。
私の対面に座っている真夕さんが、ブラックのアイスコーヒーを一口飲んでから話を切り出した。
「いや~それにしても那月さんの体調が良くなって安心しました」
「一昨日は本当に助かりました。ありがとうございました真夕さん」
「私がしたことといえば、那月さんの話し相手になったくらいですけどね」
「でも真夕さんと話せたことで、気分は楽になりましたから、だからお礼を言わせてください。ありがとうございます」
「い、いいですよ。それに、ここの代金も奢ってもらえるんですから」
真夕さんが言ったように、ここの代金は真夕さんの分も私が払う。
お見舞いに来てくれたんだもん、これくらいのお返しはしないと。
バイトも明日からいつも以上に頑張らないと!
真夕さんは咳払いをして、続けて私にこう聞いた。
「それで那月さん。相談というのは?」
今日、私が真夕さんを誘ったのは、お見舞いのお礼と、あることを相談するためだ。
本題を切り出すよう促されて、私の心臓はドキドキしている。
「は、はい……実はその、私……」
「祐介くんに惚れました?」
「っ!!」
私が言う前に真夕さんはさらりと言ってしまって、私の頬が一気に熱くなってしまった。
「な、なんで……!?」
「なんでと言われましても……那月さんそんなに顔を赤くしてもじもじしてますから、これは一昨日、私と母さんが帰ったあとに祐介くんと何かあったと考えるのがベターですよ」
そ、そこまでわかりやすい素振りだったのかな? 自分ではいまいちわからないや。
でも、真夕さんが言ってくれたからちょっと言いやすくなった。
「そう、ですね。はっきりと自覚したのは今朝なんですが、祐介くんのこと、す、好きに……なっちゃいました」
「可愛すぎませんか!?」
言いやすくなったのは確かなんだけど、でもやっぱり照れちゃって顔を下斜めに逸らしてしまった。
「か、可愛いかどうかはわかりませんが……でも本当に、祐介くんのことを考えると、ドキドキしちゃって……」
「それにしても那月さん、なんでそんな『今、初恋を経験した女子』みたいな顔をしてるんですか?」
「それは、その……私から先に好きになったのが初めてでして……」
「モテ女にしか言えないセリフだ……!」
「うぅ~……」
だ、だって本当のことだから、仕方ないじゃない……。
本当に向こうから声をかけてくることが全てだったから。
「それで、私たちが帰ったあとに何があったんですか?」
「えっと、実は───」
真夕さんに祐介くんのことを相談する以上、真夕さんたちが帰ったあとのことを話さないのはダメなので、私は細かく説明した。
祐介くんが私の汗をふこうとしていたこと。その直前に祐介くんの学校のお友達カップルが来て、それを彼女さんの口から聞いたこと。
夕食は祐介くんの手作りのおかゆだったこと。料理がほとんど出来ないって言っていた祐介くんが、優美さんから作り方とアドバイスを教えてもらって作ってくれたこと。
夢で家族と再会し、『その光は絶対に手放したらダメ』と言われたことと、家族が言ったその光から、『ずっといますよ。あなたのそばに』って声が聞こえたこと。
朝目が覚めると、祐介くんが私の部屋で寝ていて、私は寝ている間、ずっと祐介くんの手を握っていたこと。そして一晩そばにいてくれた祐介くんを見て、今までにないくらい祐介くんにドキドキしたこと……全て話した。
私が話している間は、真夕さんは質問とかはせずに、相槌を打っていて、私が話終えると、コーヒーを一口飲み、腕を組んで言った。
「そりゃ惚れますね」
「や、やっぱり真夕さんもそう思いますか!?」
「はい。……といっても私は二次元限定ですが」
真夕さんはきっぱりと言い切った。それは本心なのか、それとも『私は祐介くんを狙ったりしないから安心してください』と暗に言ってるのかはわからない。
「それに那月さんは、以前から少なからず祐介くんを意識していたからだと思いますよ」
「そ、そうでしょうか……?」
意識……してたのかな? 一昨日までは『人として好き』ってことしか思ってなかった気がするけど……。
「祐介くんにだけタメ口ですし、誕生日はめちゃくちゃ力を入れて祝ったんでしょ? とても『恩人だから』って言葉だけで片付けるにはいささか無理があると思うんです」
「た、確かに……?」
「那月さんが気づかないうちに、少しずつ気持ちが『好き』に変換されていったんじゃないですか?」
真夕さんの言う通りなのかな……?
祐介くんとの生活はとっても楽しいし、祐介くんの誕生日の夜に私は『ここには私の望んでいたものが全部ある』って思った。『出て行きたくない』って気持ちは、言い方を変えれば『祐介くんともっと一緒にいたい』ってことになる。
ルームシェア、もしくは同棲をする以上、相手によって住みやすさも変化することは今までの経験上わかってるつもり。
ということは、私は知らないうちに少しずつ祐介くんに一人の男性として好意を抱いていったんだ。
「そう、ですね。その通りだと思います」
私は手を胸に当てて言った。
そう思うと自然と笑みがこぼれた。
「早く祐介くんに会いたいんじゃないですか?」
真夕さんはテーブルに肘をつき、顎を手でおさえてニヤニヤしている。
いつもの私ならここで慌てて否定するところだけど、祐介くんに会いたいのは本当。だけど───
「あ、会いたいのですが、どういう顔して会ったらいいかわからないので……」
「なにこのお姉さん。うぶすぎるんだけど! 可愛いかよ!?」
「だ、だって! いざ祐介くんの顔を見たら顔が一瞬で熱くなるし、緊張で喉もカラカラになって、なに話していいかわからなくなるんですもん……」
「私の想像していたより数倍うぶだし、完全に祐介くんに惚れている……」
「うう……」
ま、まさか自分が家族以外の誰かにここまでのめり込むなんて想像出来なかった。
好きになるといっても、今までの人みたいに、笑った顔を見たら嬉しくなる程度だと思っていたのに───
祐介くんの普段の顔を思い出すだけでこんなにドキドキするなんて……。
「もう一度聞きますが、早く祐介くんに会いたいでしょ?」
「そ、それは…………はい」
でも祐介くん、今日はバイトもある。
私の看病のために、昨日は真夕さんとシフトを代わってもらったって言ってたから、今日は真夕さんの代わりに祐介くんが出勤になっている。
祐介くんに会いたいのは本当。でも、今の私は、祐介くんがバイトでちょっとホッとしていた。
「あの、真夕さん」
「なんですか?」
「わ、私……どういう顔して祐介くんに会えばいいんでしょう?」
そう、今の私は文字通り、祐介くんにどんな顔して会えばいいかわからずにいた。
「……え? 普通にしてたらいいんじゃないですか?」
「その普通ってどんなのですか!?」
「いや、それは知りませんが……」
真夕さんにあっさりと突き放された。
ふ、『普通』!? 私と祐介くんの『普通』って……ど、どんな感じだったっけ!?
う、嘘……思い出せない。私、祐介くんと今までどんな顔して過ごしてきたの!?
「……私、ブラックコーヒー頼んだはずなのに、なんか甘く感じる」
そんな真夕さんのつぶやきも、私の耳には届かないほど焦っていた。
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