第6章 両片想い、意識しまくりのふたり

第87話 付き合いたい

 三日ぶりの学校、その昼休み。

 俺はいつものように司と椿さんと一緒に、最上階のラウンジでお昼を食べていた。

 そして予想していた通り、那月さんの話題になった。

「ねえねえ祐くん! 那月さん元気になったんでしょ?」

「うん、なったよ。ありがとう椿さん」

 司と椿さんが来てくれなかったら、おそらく俺は那月さんの背中の汗をふいたことによって色んな意味で悶え苦しんでいただろうし、那月さんももしかしたら変によそよそしい感じになっていたかもしれないからな。

「どういたしましてだよ! でも……祐くんの役目を奪っちゃったかな?」

「奪ってないから! むしろ感謝しかないから!」

 椿さんのこのにやにやした笑顔……司から俺の気持ちを聞いたのか、はたまた椿さんには既にバレていたのか……。

「ごほん! ……司もありがとうな」

「気にすんなって。俺はマジで行っただけだったし」

「でも、話聞いてくれたからさ」

 一昨日、司と話してなければ、俺は今も自分の気持ちに蓋をしたままだったと思うから、椿さんだけでなく、司にも本当に感謝してる。

 椿さんは、「そうだよ祐くん!」と声を大にして言い、そして俺にその綺麗な顔を近づけてきた。

 一年以上の付き合いはあるが、顔を近づけてきたのなんてほとんどないから、ちょっとドキッとしてしまう。

 そして椿さんはさっきとは反対に声を小にして言った。

「……那月さんを好きになったんでしょ?」

「っ!!」

 俺は咄嗟に仰け反り、椿さんから顔を離した。こういうヒソヒソ話をする時点で察するべきだったのかもしれないな。

「な、なん……!?」

 俺は顔がすごく熱くなっているのを自覚しながら、司を見た。

 すると、司はふるふると首を横に振った。

「はっきりとは言ってないさ。でも椿は察したみたいでな」

「今朝までは半信半疑だったけど、今朝祐くんが学校に来て、時間がない中私たちが那月さんの体調を聞いたら、すごく優しい顔でちょっとたどたどしく「う、うん……」って頷いたからさ、これはもうキター! って感じになっちゃったわけですよ!」

「え? 俺、そんな顔してた!?」

「してたな」

 俺は両手で顔を隠した。

 うわぁ……マジか……。

「あはは! 祐くん耳まで真っ赤~!」

「い、言わないでよ椿さん……」

 余計に熱くなるから……。

 俺が顔を隠していて何も見えない中、「あ、つーくんトマトあげる。あ~ん」、「あ~ん」……と、イチャイチャを繰り広げるつかつばカップル。よくもまぁ学校で出来るもんだ。

 俺は一度大きく息を吐いて、顔から手を離すと、椿さんがにやにやしながら俺を見ていた。

「それでそれで? 告白はいつするの!?」

 告白、か。普通なら時期を見て思いを伝えるんだろうけど……。

 俺は椿さんの質問に首を横に振ることで答えた。

「え!? しないの!?」

「しないというか……出来ないというか……」

 那月さんを好きになった。なら次は折を見てからの告白、なんだけど……。

「思い出しちゃうんだよ……告白に失敗した、翌日のことを」

「あ……」

 俺が『振られ神』と呼ばれるようになったあの朝からの出来事が、フラッシュバックされる。

 思い出す度に足がすくんでしまって、どうやってもそこから動くことが……告白に向けた一歩を踏み出すことが出来ない。

「ごめん……祐くんの事情、知ってるのに軽い気持ちで言っちゃって」

 椿さんがしゅんとしてしまった。

「あ、いや! 俺の方こそごめん。せっかく俺のために言ってくれてるのに……」

 椿さんのそんな顔は見たくない。常に天真爛漫で元気の塊みたいな人だから、ハイテンションな椿さんでいてほしい。

「だけど祐介。真面目な話、九条さんと付き合いたいとは思わないのか?」

 俺が勢いを削いでしまった椿さんの代わりに質問をしてきたのは司だ。

 落ち込んだ椿さんの頭を優しく撫でている。

「…………付き合いたい」

 付き合いたいに決まっている。告白する勇気が持てなくても、付き合いたいって気持ちはある。

「祐くん……」

 司は椿さんの頭を撫でるのをやめて、椅子にもたれかかった。

「それだけ聞けたら今は十分だよ。過去のトラウマに完全にのまれているわけじゃなく、今も抗っているお前を見れたからな」

「司……」

「まだ完全に克服するのには時間はいるだろうが、立ち止まらずに自分のペースでゆっくり進めよ。お前と九条さんが結ばれるの、俺も椿も本当に願ってるんだからな」

「……ああ」

「私も! すっごく、すっご~く応援してるからね!」

「う、うん。ありがとうつば───」

 この時、俺は数ヶ月前の椿さんのセリフを思い出した。

『いつになったら私のことも『椿』って呼んでくれるの?』

 なぜこのタイミングで思い出したのかはわからないけど、これはチャンスだ。

 椿さんにはこの一年と少しの間に何度もお願いされてきたし、俺の心も少しは前に進めている……はずだから、今なら言える気がする。

「ん? どうしたの祐くん?」

「う、ううん!」

 俺は一度咳払いをして、もう一度椿さんを見る。そして───

「つ……つばき、も……ありがとう」

「「……え?」」

 い、言えた! つまりながらだけど確かに言えた! やっぱり俺の心は数ヶ月前よりも前に進んでる! これも那月さんのおかげだな。

「まさかこのタイミングで言うなんてねぇ」

「え?」

 あれ? 椿さんのリアクションが思ってたのと違う。もっとこう、『おお~! やっと呼んでくれたね!』みたいな、いつものハイテンションで喜ぶかと思ってたのに。

「ううん、なんでもない。じゃあ祐くん! これからも私のことは呼び捨てでよろしくね!」

「わ、わかったよ」

 だけど、すぐに椿さん……椿はいつものテンションに戻った。俺の気のせいだったかな?

「……おもしろ…………いや、大変なことにならなければいいが」

「?」

 なんか司がボソボソと言った気がするけど……ま、いいや。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る