第86話 好きになってる!

 俺がいつの間にか那月さんの部屋で寝落ちて一晩過ごしてからさらに一日が経過し、今は早朝。

 那月さんの体調はほとんど完治していた。

 念のために昨日も学校を休んだんだけど、那月さんは前日より明らかに顔色が良かった。

 そこは俺もすごく安心したんだけど、新たな気がかりが一つ出来てしまった。


 那月さんの顔が、時折熱が高かった頃よりも赤くなっていた時があったんだ。


 一度や二度なら、まぁ俺も気がかりとまでは思わなかったかもしれないけど、軽く十回は超えていたからさすがに心配で声をかけたんだけど、俺が聞く度に「なんでもないから!」って否定して、その一点張りだった。

 那月さんがそう言うなら俺もそれ以上は言えないので那月さんを信じたんだけど……それにしてもなんで那月さんはあんなに慌ててたんだろ?

 ……は! も、もしかして、あまりに聞きすぎたから那月さんに気を使わせすぎてしまったか!?

 那月さんの性格だ……俺が心配しすぎることによって、逆に俺を心配させまいとあんなに慌てて否定したのかもしれない。

 はぁ……自分の加減の知らなさに呆れてしまう。

 一昨日、那月さんが好きと自覚してから、那月さんの行動にちょっと過敏に反応しすぎている。

 好きな人を心配して、逆に病人の那月さんの心に負担をかけてしまうとか……本末転倒どころかそれ以下だよ『振られ神』。

 俺は部屋から出て、リビングダイニングに続く扉の前で止まった。

 この扉をくぐれば、那月さんが朝食を作ってるはず。

 いつも通り、いつも通りを心がけるんだ。那月さんが好きだからって目で追うのはダメだぞ。

 集中、集中するんだ。那月さんじゃなくてテレビを見ることを意識するんだ。

「よし!」

 俺は小さく気合いを入れて、扉を開けた。


「お、おはよう……祐介くん」


 俺が入った瞬間に那月さんが挨拶をしてくれた。

 今日もいつもと変わらない綺麗な笑顔……じゃない!

 笑顔は笑顔なんだけど、頬は少し赤くなっていて、笑顔も若干照れが入っている。

「お、おはようございます。那月さん」

 挨拶を返さないのはダメだと咄嗟に思った俺は、那月さんの顔より少しだけ目を逸らして挨拶をした。


 ……那月さんって、こんなに可愛かったか!?


 いや、那月さんは誰もが振り向くほどの美人で可愛い人だ。俺もどタイプで常日頃から可愛くて綺麗だと思っている。

 だけど、今日の那月さんはいつもより二割……いや、五割増で可愛く見える!

 好きと自覚して初めて迎えるいつも通りの朝だから?

 それとも那月さんがタメ口で話しはじめて、それがまだ俺の中で慣れていないから?

 というか理由なんかどうでもよくなるくらい心臓がうるさい。

 ただ挨拶を交わしただけだ。もう三ヶ月はやっているやり取りだぞ!?

「……」

 那月さんもなんで今日は挨拶のあとに喋ってくれないんですか!?

 なんか俺をチラチラ見てもじもじしてるし。

 えっとえっと……いつもはこのあとどうしてたっけ?

 ……………………思い出せん!

 そもそも『いつも』ってなんだ!?

 ヤバい……考えれば考えるほど思考の沼にハマっていく。抜け出せなくなって、考えも全然まとまらな───

 その時、奥のキッチンから何かが吹き出す音が聞こえた。

「い、いけない! お味噌汁が……! ゆ、祐介くんは席に着いてて!」

「は、はい……」

 慌ててキッチンに向かう那月さんの背中を……ポニーテールにしている長いライトブラウンの髪が揺れる様を、俺は生返事をして眺めていた。


 こ、これはやっぱり……間違いない、よね?

 私は急いでお味噌汁を温めていた火を止めた。

 昨日は夢の影響や熱が完全に引いてないと思ったから、このドキドキはそういうのじゃないって思ってた……ううん、思い込むようにしていた。

 だけど、今日祐介くんの顔を見て笑顔で挨拶をしようって思ってたのに、その笑顔が出来なかった。

 扉が開く音がした瞬間、私の心臓は大きく跳ねて、祐介くんを見ると、その強さはほとんど弱くならずに鼓動だけが早くなっていって、祐介くんの顔をまともに見れなかった。


 ゆ、祐介くんって、あんなにかっこよかった!?


 昨日から思ってたことなんだけど、かっこよくて、ドキドキして、祐介くんの顔を長時間見れない。

 これは、もう疑いようのない事実……だよね?

 昨日も自覚していた時もあったけど、もしかしたら勘違いって思ってたんだけど、昨日よりもドキドキして、顔が熱い。


 私……祐介くんのこと、好きになってる!

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