第83話 ずっといますよ。あなたのそばに

 那月さんに手を掴まれ、泣きそうで消え入りそうな声でそんなことを言われたものだから、心臓が痛いくらい跳ねているし汗もブワッと噴き出した。

 那月さんはまだ眠っている。つまり、これは俺に言ったわけではなく、夢の中の誰かに向けて放った寝言だ。

 相手は誰だ? 俺? それとも元カレの誰か?

 那月さんを起こさないように、手をクイクイと引っ張ってるんだけど、全然離してくれない。

「ひと、りに……しちゃ、いや……」

「っ!」

 俺は再び聞こえた那月さんの寝言で、あることを思い出していた。

 確か、俺たちが同居する前、那月さんがこんなことを言っていた。


『家族は、いないんです』


 そうだ。那月さんは確かにそう言っていた。

 それから何年も前って言っていたけど、一体いつからなんだ?

 那月さんの話から察するに、那月さんのご両親は既にこの世にいないと考えるべきだ。

 それならきょうだいは? ……言葉をそのまま受け取ると那月さんはひとりっ子になる、よな。

 那月さんのご両親がいつからいなくなってしまったのかはわからないけど、十代で家族……絶対的な味方、心の拠り所をなくす辛さは計り知れない。

 両親に恵まれ、俺を心配して実家の隣県にあるこの部屋を借りてくれた俺が推し量れるようなものじゃないし、軽々しく口にしたらいけない。

 そして味方だと思っていた元カレたちは、那月さんと付き合ってから少しして手のひらを返したように本性を見せ、味方どころか那月さんを都合のいい道具のように扱っていた。

「……!」

 俺が考えているのはあくまで推測だ。那月さんから事実を聞いてないし、聞きたいけどこれは俺から聞くのは絶対にダメだ。

 ただの推測だけど、そう考えると頭に血が上るのがわかる。

 那月さんの元カレたちに、ここまでの怒りを覚えたのははじめてだ。

 どうして、那月さんがずっと我慢を強いられなければならない!

 どうして、お前たちが那月さんに寄り添ってやらなかった!?

 那月さんは、ただ味方がほしかっただけなのに……!

 友達はもちろんいるだろう。だけど那月さんがほしかったのは、どんな時も味方でいてくれる存在だ!

「……」

 やめよう。

 ここでいくら元カレたちに怒っても、結局はなんにもならない。那月さんも多分、望んでいない。

 那月さんが望んでいるのは、絶対的な味方。

 どんな時も自分に寄り添ってくれる、心から安心出来る存在。

 推測の域を出ないけど、もし那月さんがそんな存在を欲しているのなら、俺はなりたい。

 那月さんが……好きな人が俺と一緒にいてちょっとでも安心してもらえる男に。

 俺は、俺の手を握っている那月さんの手を起こさないようにゆっくりとひらき、身体ごと那月さんの方に向き、膝立ちになってから、那月さんに顔を近づけ、俺は言った。


「ずっといますよ。あなたのそばに」


 あなたが俺を必要としなくなるまで……。

 寝ている那月さんに俺の声が届いたのかわからないが、那月さんは落ち着きを取り戻し、「すぅすぅ」と寝息をたてた。

 悪夢から解放されたようで、これでとりあえずは安心だな。

「……」

 俺は自分の手を動かし、那月さんの手にかすかに触れた。

「ん……」

 そして那月さんは寝ているのにまた俺の手を握った。

 気のせいか、那月さんの表情がまた少しだけ安らかになった気がする。

 那月さんが安眠出来る手助けになったのなら嬉しい。

 それにしても、那月さんの過去のエピソード(推測)、かなりハードだよな。俺の『振られ神』エピソードよりもよっぽど。

 これからは一緒にいて那月さんを安心させられるような男になろう。

 具体的にはまだなにもわからないけど……。

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