第81話 そのおかゆが食べたい
『那月さん。起きてますか?』
「お、起きてるよ……!」
無意識にタメ口で話していて、そこからゆうすけくんにはそのままの話し方にするって決まったけど、意識的にタメ口を使うとやっぱりちょっと緊張する。
早めに慣れていかないと……!
私が返事をすると、扉を開けてゆうすけくんが入ってきた。手にはお盆を持っていて、その上には私のお茶碗があり、湯気が立ち上っていた。
「夕食を持ってきました。食べれそうですか?」
「うん。たぶん」
「なにかいいことありました?」
「う、ううん! なんでもないよ! ……こほっ!」
ゆうすけくんが自分から私の夕食を用意してくれたことが嬉しかったって普通に言えばいいのに、なぜか言えなかった。
私が咳をしたことで、ゆうすけくんが「大丈夫ですか!?」と言って、お盆をゆっくりとローテーブルに置いて私のそばまで来てくれた。
「だ、大丈夫だから……」
私がそう言うと、ゆうすけくんはまだ心配はしているけど少し安心したのか緊張を解いた。
咳をしたのは私のせいなのに、こうやって心配してくれるのが嬉しい。
「そ、そうですか? 無理そうなら言ってくださいね」
「うん。ありがとうゆうすけくん」
「それで、おかゆを作ったんですけど……あちちっ!」
ゆうすけくんはローテーブルに置いてあるおかゆが入った私のお茶碗を手に取り、私に見せてくれた。
「ふふ、湯気が立ってるから熱いのは当たり前……あれ?」
ここで私はあることに気がついた。
おかゆのレトルトって、置いてたっけ?
買い物は普段私がしてるし、ここで暮らしはじめて三ヶ月……リビングやキッチン周りに何が置いてあるかは完璧に把握しているはずなのに、おかゆなんてあったかな?
「ど、どうしました?」
「ゆうすけくん。そのおかゆって、ゆうみさんが?」
ゆうみさんなら、お弁当と一緒におかゆも作って持ってきてくれて、ゆうすけくんに「那月ちゃんにこれ、食べさせてあげて」って言って、おかゆが入った容器を渡しそう。
「……」
だけどゆうすけくんは何も答えず、目を逸らして頬を人差し指でポリポリかいている。
あれ? 違った? 他に可能性は……むむむ~。
……あ───
「……それ、俺が作りました」
私がその可能性にたどり着いたのと同時に、ゆうすけくんから答えが飛んできた。ゆうすけくんはまだ気まずそうにしている。
「……やっぱり」
「え?」
「私もさっき、もしかしたらそうじゃないかなって思って……」
ゆうすけくんの手作り……。
私が熱を出して心配してくれたゆうすけくんが……料理ができないって言っていたゆうすけくんが、私のために作ってくれたおかゆ。
おかゆは料理としては簡単な部類に入るけど、難しさなんて関係ない。
ゆうすけくんが、私の為に作ってくれたこと……それが本当に、こんなにも嬉しいと感じている。
「その、優美さんが帰る前に、おかゆ作りのアドバイスを貰いまして……。自分では上手くできたと思うんですが、やっぱり病人の那月さんに出すもんじゃないですよね? 俺、コンビニに───」
「ゆうすけくん、お茶碗とスプーン貸して」
「え?」
コンビニに行くために立ち上がったゆうすけくんを私は止めた。
「それを……ゆうすけくんが作ってくれたおかゆを、食べるよ。……ううん、そのおかゆが食べたい」
ゆうすけくんが作ってくれたそのおかゆを、どうしても食べたい。
「いや、でもこれはもしかしたら那月さんには濃いかもしれないし……」
「食べるよ」
「は、はい」
私はゆうすけくんからお茶碗とスプーンを受け取った。
確かに熱いけど、持てないほどの熱さじゃない。
本当に……ゆうすけくんと暮らしはじめてからは、私が望んでいたこと、そして私の知らなかったことも手に入れることができる。
スプーンでおかゆをすくい、湯気がたちのぼるそれに息をふきかけて少し冷ましてから、私はおかゆを口に入れた。
本当に……なんて心地いいんだろう。
冷ましたおかゆを、ゆっくりと口の中に運び、ゆっくりと、そしてしっかりと味わう。
「……」
そばにいるゆうすけくんから、生唾を飲むような音がかすかに聞こえた。本当に口に合ってるか不安なんだ。
なら、その不安を取ってあげるのが、私の役目だよね。
私がおかゆを飲み込んだタイミングで、ゆうすけくんがおそるおそる聞いてきた。
「ど、どうですか……?」
私は少しの沈黙のあと、笑顔でこう答えた。
「美味しいよ。とっても」
正直ちょっと薄いかなとも思ったけど、これも私を心配をしてくれた結果だと思うから。ゆうすけくんの心がたくさんこもったこのおかゆは、私が今まで食べてきたおかゆよりも格段に美味しく感じた。
私の感想を聞いたゆうすけくんは、「よかった~」と言って全身の力、そして表情も緩めていた。
それを見た私は、ちょっと可愛いと思って笑っちゃった。
食欲は戻ってなかったけど、このおかゆは不思議と箸……この場合はスプーンかな? スプーンが進み、一粒も残さず完食することができた。
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