第80話 おかゆ作り
二人が帰り、今は夕方……俺は珍しくキッチンに立っていた。
あのあと那月さんの汗をふき終わったと椿さんが知らせてくれたので、俺と司は那月さんの部屋へ行き那月さんの様子を見た。
那月さんは汗がとれてすっきりしたのか、まだ熱はあるけど少し爽やかな顔をしていた。
だけど俺は、それ以降はあまり那月さんの顔を見れなかった。
さっき、「那月さんが好き」とはじめて口にしてから、那月さんを直視できなかった。
どタイプで誰が見ても綺麗で可愛い那月さんが、いつも以上に綺麗に見えてしまって、見る度にドキドキしてしまい、目を逸らしてばかりだった。
二十歳の男がなに中学生みたいなことをやってるんだと言われてしまいそうだけど、女性をはっきりと好きって自覚したのはまさにその中学生以来だから許してほしい。
そんな俺を見て、那月さんは不思議そうに見ていて、司はにやにやしていて、椿さんも最初は那月さん同様よくわかっていない感じだったけど、あとから察したようで、司みたいににや~っとしていた。
二人の帰り際には「いろいろ頑張れ」と言われてしまった。
もちろん頑張るつもりだが、今はこれだ。
那月さんの夕食……おかゆ作り!
お昼、那月さんの部屋に弁当を持って行く優美さんを呼び止めたのは、このおかゆ作りのアドバイスをもらうためだったのだ。
おかゆ作りなんて料理初心者でも作れる品だと思うけど、一人暮らしをはじめても料理なんてしたことがない俺にとってはそれでも高い壁には変わりない。
キッチンに行く目的なんて、食器や容器を洗うかレンチンするかケトルを使うかの三択の俺だ。緊張する。
もちろんレトルトのおかゆを出すことも少しは考えた。
でも那月さんには……この三ヶ月、俺にいっぱい美味しい料理を作ってくれた那月さんには、俺にいっぱい笑いかけてくれて、俺も笑顔にしてくれた那月さんには、レトルトは出したくないって思ったんだ。
そして今は、その理由に好きな人だからも、追加されている。
レトルトよりも味は落ちてしまうかもしれないけど、それでも那月にはちゃんと作ったものを出したい。
那月さんが寝込んでるのに、俺のエゴ全開だけど、だからこそ優美さんにアドバイスを貰ったんだ。
美味しいおかゆを作って、那月さんに元気になってもらうぞ!
体温計の音が聞こえた。
私は今日、何度目かの体温測定をしていて、脇から体温計を抜き取る。
「三十八度……はぁ」
朝と比べると体温はちょっと低くなってきたけど、それでもまだ高いなぁ。これ、明日もまだ継続しちゃうのかな?
早く治らないかな……じゃないと、ゆうすけくんのご飯が作れな───
「あれ? ……ご飯?」
私はあることを思いついて頭からサアッと血の気が引いた。というか、なんで今まで気づいてなかったの!?
「……ゆうすけくん、お夕飯はどうするのかな?」
私はこんな状態だからお買い物にも行けてないし、病院の帰りにもコンビニやスーパーにも寄ってない。ゆうすけくんが私の安静を最優先に考えてくれていたからなんだけど……。
「や、やっぱり私が……うぅ……」
か、身体が思うように動かない。頭もボーッとする。
「こんな状態じゃあ、かえってゆうすけくんに心配をかけちゃう……かな」
私、いつの間にそんな風に思うようになったんだろう?
元カレの一人の家で同棲をしていた頃、今日みたいに熱を出した時があったけど、その当時の元カレは私の身を案じるどころか食事を作ることを強要してきた。
結局、朝食、お弁当、夕食と作って、お買い物も行って、さらに他の家事も一人でこなし、ただの発熱から来る風邪だったのに完治するのに四日もかかった。
その時からかな? 『私はどんな状態であっても一人で家事をこなさなければいけない』って概念が定着しちゃったのは……。
それからは一人で暮らしている時はもちろんだけど、その彼氏と別れて別の彼氏と同棲しても、なんでも一人でこなしてきた。もちろんお礼なんて言ってくれるはずもなく、「それが当たり前だろ?」みたいな振る舞いをする人ばかりだった。
いつしか私も、それが『普通』なんだと思って特に何も思わなくなっていた。
だからゆうすけくんと暮らしはじめて、毎食お礼を言ってくれたり、お手伝いをしてくれるのが最初こそ驚いてしまったけど、それがいつしか本当に嬉しく、毎食作るのが楽しくなっていった。
誰かと一緒におしゃべりしながら料理をするのって、こんなにも楽しいんだって、ゆうすけくんは気づかせてくれた。
そして、今はそんなゆうすけくんの優しさに甘えようとしている……。
「ちょっと前の私に言っても、信じてもらえないよね」
私が今、一緒に暮らしている男性は、性格に裏も表もない本当に優しい人で、今までみたいに同棲して日が経つに連れて心から笑えることがなくなった過去とは違う、毎日が本当に楽しいと思える日々が待っているよ。
まだ熱でボーッとする頭でゆうすけくんとの生活を思い返し、ちょっと笑顔になっていると、部屋の扉がノックされた。
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