第79話 那月さんが好きだ
「な、なんでそう言いきれるんだよ!?」
俺はお茶をグイッと飲んでいる司に少し強い口調で聞いた。
なんで、なんでそんなに簡単に言えるんだ? 言いきれてしまうんだ?
「お前、九条さんの顔見てないのか?」
「顔? い、いつも見てるけど……」
めちゃくちゃ綺麗で、太陽みたいに輝く笑顔で俺をいつもドキッとさせるんだよ。
「じゃあ俺や椿に向ける笑顔と、お前に向ける笑顔がまったくの別物だって気付いてるか?」
「……は?」
俺に向ける笑顔が別物? そ、そうなのか?
「まぁスーパー銭湯でしか会ったことはないが、それでも風呂の中で打ち解けた椿に向けた笑顔が五分咲きとするなら、お前に向けていた笑顔は八分咲きに見えた」
「そこは満開じゃないんだな……」
自然とツッコミを入れてしまったが、八分咲きでもマジで大したものだと思う。
満開なんて……俺が望むのもおこがましいし。
そもそもなんで花で例えたんだ? 『大輪の花が咲いたような笑顔』みたいな表現があるからかな?
そういえば、さっき優美さんも似たようなことを言ってたな。俺の話をしてる時が一番輝いてるとかなんとか……。
……もしかして、わかってないのは俺だけなのか!?
「お前と九条さんの気持ちが通じあったら満開の笑顔が見れると思うぞ」
「あと二割が高いんだよなぁ」
これ以上はさすがに無理があると思う。それこそ那月さんが俺と同じ気持ちを抱いてくれない限り……。
うーん……考えれば考えるほど先が見えてこないな。
「まぁ、あとの二割はお前の頑張り次第だが、九条さんがここから出ていくなんてことはまずないよ」
「その根拠は?」
「お前に向ける八分咲きの笑顔……あれはお前との生活を心から楽しんで、そしてお前を心から信頼している証だ。それに九条さんの真面目な性格だと、「いつまでもここに厄介になるわけには……」とか言って地元に帰る算段を立てていてもおかしくないだろ?」
「た、確かに……」
那月さんの地元は俺と同じここの隣県……バイトもしてるし、お金さえあればいつでも地元に帰ることができる。
それを三ヶ月経ってもしないのは……。
「椿から聞いたんだけどな、九条さん、あいつと風呂入ってる時に言ったそうだぞ。「出ていきたくないって気持ちが日に日に強くなってる」ってな」
「っ!?」
それもさっき優美さんから聞いたが……那月さんが、マジでここでの生活を楽しんでくれている……?
「そんなこと言う人が、いきなりここから出ていくなんてのはありえない話だろ」
「ほ、本当に!? 本当に那月さんが言ったのか?」
「ああ。といっても俺も椿から聞いただけだが、椿がそんな嘘を言う性格じゃないのは知ってるだろ?」
俺はこくりと頷く。
ど、どうしよう……すごく嬉しくて、また心臓がバクバクしてる。
「『振られ神』だのなんだのは関係ない。お前はお前なんだよ……降神祐介」
「……」
恋愛に懲りた。
確かに少し前までの俺は、本気でそう思っていた。
恋愛したっていい思いなんかない、『振られ神』の俺なんかに好意を寄せられても相手は迷惑でしかないし、俺には傷しか残らないのが明白だったから。
それを中学、高校と……嫌という程思い知らされた。
でも、そんな俺が那月さんとの生活をはじめて、最初は顔がタイプってことしか思わなかったのに、気づけば那月さんとの生活が本当に楽しくなって、那月さんとの『普通』の共同生活が、『幸せ』に変わっていき、そして今はこんなにも……
こんなにも、九条那月さんという女性に惹かれてしまっている。
俺は両の手のひらを見る。手は震えていて、視界が滲む。
「……いいのかな? 俺が、俺がまたこんな気持ちを抱いても」
「いいもなにも、それは当然の権利だ。だから言ってみろよ……お前の九条さんに対する気持ちを」
「俺は……おれ、は…………っ」
俺の目から涙が落ちる。
俺の中で囁いていた地元の同級生たちの幻影が、霧状になって消えていく。
那月さんに吹聴していた奴らの影も消え、那月さんが笑顔で俺を見ている。
もう、いいんだよな……この気持ちを、自分の中で押し殺さなくても……。
「おれは……那月さんが、好きだ」
はじめて口にしたこの気持ち……いつしか自分を偽るように心の奥の奥、そのまた奥に閉まっていた気持ちを解き放った。
涙がとめどなく出ているけど、それと同時に、開放感……のようなものも俺の中にあった。
「頑張れよ」
司が俺の肩に手を置き、優しく、だけど力強く声をかけてくれた。
「……ああ!」
俺は涙をぬぐい、司の目を見て言った。
ありがとう司……俺、頑張るよ。
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