第77話 して! ……なくはない
「那月さん、具合はどうですか?」
「やっぱり、まだしんどいですね」
熱も高いし、相変わらず関節も痛いし頭もふらつくし……。
「う~ん……顔も赤いし、熱もきっと高いんですよね」
「そ、そうですね……」
それは本当なんだけど、ゆうすけくんのことを考えて顔が赤くなったなんて言えないよ。
「ささ、那月さん。汗をふいちゃいますから上、脱いでください」
「い、いきなりですね……」
「パッとふいて、サッと着替えて、ぐっすり寝てもらって、那月さんには早く元気になってもらいたいですからね。それに、それだけ汗をかいてたらベタベタで気持ち悪いでしょ?」
「そ、それは、まぁ……」
ベタベタするし、パジャマがはりついて気持ち悪いしで、困ってたから……。
「ですから那月さん、ボタンを外してください。あ、私が外しましょうか?」
「じ、自分でやります!」
なんだか両手をワキワキとしているつばきさんに若干の不安を抱きつつ、私はゆっくりとパジャマのボタンを外して脱いだ。
「あれ? おやすみ用のブラじゃないんですね」
「そう、ですね。朝、一度私服に着替えて、朝食と……ゆうすけくんのお弁当を、作っていたので」
今ほどではないけど、お料理をしているあいだもけっこう辛かった。頭がフラフラして、手元が狂いそうになったし。
「祐くんは幸せ者だな~。那月さん、ブラも外しますね?」
「お、お願いします」
私がそう言うと、つばきさんはホックを外してくれた。
ゆうすけくん……幸せ、なのかなぁ? 私は私に出来ることをやっているだけだから、いまいちピンとこないけど……。
でも、もしゆうすけくんが幸せを感じてくれているのなら……とても嬉しいな。
「ちょっとヒヤッとしますよ」
「んっ!」
つばきさんはそう一言伝えてからすぐ、私の背中にタオルが当てられ、私はその冷たさから身体が跳ねてしまった。
「おおっ! おっぱいも揺れた!」
「つ、つばきさん! ……こほっ」
「あはは……ごめんなさい。痛かったら言ってくださいね」
「……お願いします」
そんなこと実況しないでと思ったけど、つばきさんの力加減はちょうどいいものだった。
このタオルの冷たさも今は心地いい。
身体のベタつきが取り払われて、弱風にしているエアコンの風が当たって身体が外から冷やされていく。
「身体……やっぱりまだ熱いですね」
「そうですね。早く治ってほしいです」
「これは祐くんがやらなくて正解だったかも」
「え? …………えっ?」
つ、つばきさんは今、なんて言ったの? ゆ、ゆうすけくんが……!?
「あれ? またじんわりと汗が……」
つばきさんはさっきふいてくれた部分をまたふいてくれた。
いや、そんなことより今は……!
「つ、つばきさん……」
「なんですか那月さん?」
「……さ、さっきのは本当なんですか?」
「さっきの?」
「で、ですから……ゆ、ゆうすけくんが、その……わ、私のから、だを……」
「ふこうとしてましたね。祐くん自ら」
途中から恥ずかしくなってもにょもにょになった私に、つばきさんはズバッと真実を伝えてきた。
「っ!! ……けほっ」
私は驚きすぎてまた咳き込んでしまった。
や、やっぱりゆうすけくんは私の身体についていた汗をふこうとしていたんだ。
で、でも、ゆうすけくんは自分からは私の身体には触れてこない……というか、ここでの生活を始めて三ヶ月くらいだけど、私たちがお互いに触れた回数なんて、それこそ片手で数えられるくらいしかない。今日みたいな緊急時でもないと自分からは決して私のそばには踏み込んでこず、一歩引いていたゆうすけくんが、なんで!?
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です」
「もちろん祐くんも相当頭を悩ませていたんですよ」
「そう、なんですか……?」
「はい。那月さんの汗をどうにかしようと思ったけど、男の自分がやっていいのか、ってすごく葛藤していたみたいです」
「ゆうすけくん……」
葛藤しているゆうすけくんの姿が容易に想像出来てしまう。
「で、葛藤の末、自分が目隠し、そして手袋をすれば那月さんの身体を見ることもないし直接触ることもないって考えたみたいで、いざ祐くんが準備を整えてこの部屋に行こうとした直前に、私たちが来たってわけです」
「…………」
ゆうすけくんが、私の為に……。
「ちょっとドキドキしました?」
「して! ……なくはない、と言いますか……」
再びもにょもにょと小声になってしまう私。
「祐くんが聞いたら絶対嬉しいでしょうね」
「そ、そういうドキドキではなくて、同居人の男性に身体をふかれるのを想像してドキドキしただけです! 他意はないですから! ……こほっ!」
「そういうことにしておいてあげますね」
「つ、つばきさん!」
それからもつばきさんは、笑顔で楽しい話を聞かせてくれながら私の身体をふいてくれた。
あとにして思えば、この時私の中に、自分でも気づいていなかった感情に、つばきさんはいち早く気づいていたのかもしれない。
私がその気持ちを自覚するのは、翌朝のこと……。
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