第76話 かえして
「あつい……」
汗がパジャマにはりついて気持ち悪い……早くふかなきゃ。
でも近くにタオルはない。氷枕を包んでいるタオルはあるけど、うう……これを使ってまた氷枕を包むのは……。
ゆうすけくんは、今はこの部屋にいない。私が朝から使っていた氷枕を冷凍庫に入れてくれている。
スマホは……今は手の届くところにはない。大声も出せないから直接ゆうすけくんを呼ぶこともできない。
まだ頭がふらふらだし、関節も痛いけど、ベッドから起き上がってスマホでゆうすけくんを呼ぼう。
「ん……むむ、んしょ……!」
私は毛布をはがし、上体だけを起こす。これだけでもけっこうこたえる。
体力、すごく落ちてるなぁ。今は私の中の細胞が病原菌と戦ってくれているから仕方ないけど……。
そんなことより、スマホスマホ。
私はスマホを取るためにベッドから立ち上がろうとした直前、インターホンが鳴った。
「あ……」
どうやらお客さんが来たみたいで、ゆうすけくんが対応するから、今は手が離せなくなる。
インターホンが鳴ってから少しして、ゆうすけくんが廊下を走る音が聞こえてきた。
脚に入れていた力を緩め、そのまま横にポフっとベッドに倒れこんだ。
「また……ねつ、あがってるのかなぁ?」
朝よりも頭がぼーっとする。これは本当に上がってるかもしれない。
体温計は近くに置いてあるから、ちょっと計ってみようかな。
私は身体に力を入れ、ゆっくりと上体を起こし、近くにあった体温計を手に取り、パジャマのボタンを二つ外して体温計を脇にさし、また横になる。
ゆうすけくん……まだお客さんの対応をしてるのかな? 玄関を閉める音が聞こえてないということはそうなんだろう。
お客さん、誰なんだろ? なにかの勧誘か訪問販売の人なのかな?
ゆうすけくん、優しいから断るのも躊躇ってるのかな?
お友達……ではないよね。まゆさんは帰ったし、つばきさんもあたらしくんも学校のはずだから。
それにしても長いなぁ……。
この部屋は玄関よりリビングダイニングの方が近いから……それに頭がぼーっとしてるから玄関で行われているであろうゆうすけくんとお客さんの会話は聞こえてこない。
「はやく、ゆうすけくんを……かえして」
そう独り言ちた瞬間、体温計の音が鳴った。
………………え?
わ、わたし、今、何を言って……口が、勝手に……!
「っ!」
私の意思に反して口をついて出た言葉に、私は顔の熱が一気に上がるのを感じた。
ち、ちがっ! 今のはそういう意味じゃなくって、その、えっと……!
そ、そう! 私はゆうすけくんに汗をふくタオルを持ってきてもらうように頼もうとしたのに、その前にお客さんが来てゆうすけくんがそっちに行っちゃって困ってたから!
それに私は今、体調を崩していて、頭もフラフラであまり機能していないから、だからそんな言葉が出てしまっただけ。
『返して』なんて、まるでゆうすけくんが私の所有物みたいじゃない……なんてこと考えちゃったの私!?
な、なんでここで頭の中にゆうすけくんの顔が浮かんじゃうの? なんでこんなに鮮明に!? 私の頭は今はあまり機能してないんじゃないの!?
『俺に頼ってくださいよ』
「~~~~~~~~~~!」
あぁ……だ、ダメ。今、そんな笑顔で私を見ないで! 優しい言葉をかけないで!
じゃないと、わたし……本当に、ゆうすけくんのこと───
ここまで妄想……もとい、考えていると、廊下からゆうすけくんのとは違う声が聞こえてきた。男性一人と女性一人だ。
……あれ? この声、つばきさんとあたらしくん? どうやらお客さんはあの二人だったみたいだけど、もしかして、私のお見舞いに来てくれたのかな?
だとすると、ゆうすけくんは朝、学校をおやすみする電話をかけた際に、二人にも連絡をしたんだ。そして私を心配してくれたつばきさんたちがお見舞いに来てくれた。
でも、まだ放課後には早い時間帯の気がする。ゆうすけくんがバイトない日は、帰ってくるのはいつも夕方だから。
え? もしかして、二人は私のお見舞いに来るのに早退しちゃったとか!?
二人はここに入ってくるわけでもなく、どうやらリビングダイニングに向かったみたい。
っと、そうだ。体温を計っているんだった。えっと……。
私は脇から体温計を抜いて、表示されている自分の体温を見て方を落とした。
「三十八度五分……」
朝に計った時よりほんのちょっとだけ下がってはいるけど、こんなの誤差の範囲だから、まだまだ治るには時間がかかりそう。汗もいっぱいかいたけど、それも効果は薄いみたいだし。
自分の体温の高さに落胆していると、一つの足音がこちらに近づいてきて、この部屋の扉がノックされた。
『那月さん、椿です。入ってもいいですか?』
「つ、つばきさん!? ど、どうぞ」
どうやらゆうすけくんではなくてつばきさんみたいだ。ゆうすけくんかあたらしくんだったらパジャマのボタンを急いで閉めないとって思ったけど、その心配もなさそう。
『失礼しまーす』
そうして入ってきたつばきさんは、洗面器とタオルを持っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます