第75話 来ちゃった

「やーやー、祐くん。……来ちゃった♡」

「……」

 なんで恋人や片想い中の異性の家に突然来ちゃったようなテンションなの椿さん? 恋人が隣にいるのに。

「というか二人とも、どうして……?」

「そりゃお前、九条さんのお見舞いに決まってるだろ」

「そーそー。今日それ以外の目的でここに来ないって」

 司と椿さんがさも当たり前のように言ってくる。

 でも、そうか。二人には朝、メッセージを飛ばしたから、那月さんが心配で来てくれたんだ。

「あれ? でも時間が……」

 今の時刻はまだ二時半。普通ならまだ授業中のはずだけど……まさか早退して来たのか?

「今日は企業の偉い人を呼んでの講演会だったからな。それ聞いて感想文書いたら放課後だったから、急いで書いてこっちに来た」

「講演会……あ、そっか今日だったのか」

 那月さんの件ですっかり頭から抜け落ちていた。確かに今日の予定はそれだと担任も言ってたっけ。

「ところで祐くん。那月さんの容態は?」

「あ、ああ……まだ熱は高いけど、落ち着いてるよ」

 二人は今日の学校のカリキュラムについて語るために来たわけじゃないもんな。そんな話をしていても仕方がない。

「そうか。とりあえずは一安心だな」

「でも汗がすごくて……」

 今こうしている間も、那月さんは汗で不快な思いをしているかもしれない。早く行ってあげないと……!

「ふふ~ん。そうだろうと思ったから私が来たんだよ」

「え?」

 そう得意げに言って、椿さんは胸に手を当ててドヤ顔をした。那月さんほどではないけど、椿さんもその……けっこう、あるんだよな。

「多分祐くんは那月さんの汗の処理は出来ないと思ってたからね。だからここは助っ人がいるだろうって話をつーくんとしてたんだ~」

 椿さんはまた「ふふ~ん」と言って胸をそらした。

 でも助かった。これで俺は那月さんの汗の処理をしなくてすみそうだ。

 那月さんも俺に大事な部分を見せるのは抵抗あるだろうし、目隠しをしながらするつもりだったから、上手くふけるか自信もなかったし、目が見えない状態で変なところを触ってしまって那月さんを不快にさせずにすんだ。

 俺が二人にお礼と、自分でふこうとしていた直前だったことを伝えると、二人はすごく驚いていた。

「え? 祐くん、するつもりだったの?」

「う、うん。汗だくな那月さんを見てられなかったから、目隠しをしながらしようかと……」

「椿に助けを求めるとかしなかったのか?」

「正直、那月さんの汗をなんとかして、ゆっくり寝てもらうことしか頭になかった。二人はまだ授業中だと思ってたし、お昼前にバイトの先輩の女性と、そのお母さんが来てくれたけど、その時はまだ汗はほとんどかいてなかったし……」

 今日が講演会で早く放課後になるのを思い出していたら、俺から椿さんにお願いのメッセージを送ってたかもしれないけど、あの那月さんの苦しそうな姿を見た瞬間、那月さん以外のことが全て頭から吹き飛んだ。それくらい必死だったし、心配だった。

「ま、大切な人が突然熱出したらそうなるわな」

「え~、じゃあつーくんも私が倒れたら心配してくれるんだ~?」

「当たり前だろそんなの」

 椿さんは「嬉しい!」と言って司の腕に抱きついていたけど、俺は下を向いて、司に何も言い返しはしなかった。

「「……」」

 あれ? 二人のイチャイチャが止まった……ような気がする。下を向いてるからわからないけど、なんとなく空気が変わったって思った。

 多分、この手の話をした俺のリアクションが、否定から入るのを二人が知っているからだ。司が言った『大切な人』は、イコール『好きな人』と解釈するのが正解なんだろうけど……。

 俺は那月さんが大切だ。今一番大切な人と言ってもいいくらい、それほど俺の中で九条那月さんという存在が大きくなっている。それは、すなわち───

「とりあえず祐くん。お邪魔していいかな? もう暑くって」

「あ、ああ……ごめん。どうぞ」

 俺はそこで考えをやめて、二人を家に招き入れた。

 それからは特に普通で、二人を一度リビングダイニングに通し、荷物を置いてもらって、椿さんは俺が用意した汗ふきセットを持って、その足ですぐさま那月さんの部屋へと向かった。

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