第74話 誰がふくんだ?

 昼食を食べて薬も飲み、今は安静にしている那月さんを見て、俺は弁当箱とお盆を持ち、那月さんの部屋を静かに出た。

 熱はまだ高いけど、落ち着いているようでよかった。

 優美さんが持ってきてくれた弁当も全部食べてくれたし、優美さんが那月さんの食欲を考慮して小さい弁当箱にしてくれたってのもあるんだろうけど、それでも完食してくれたことに嬉しさを感じる。

 このまま早く熱が下がってほしい。午前中に見た、あんなに苦しそうにしている那月さんは見たくない。那月さんには、いつも笑っていてほしい。

 それで、いつもみたいに楽しくおしゃべりしながら食卓を囲んでさ……。

「……」

 こんなことを思ってしまうほど、俺は那月さんとの生活にハマっていたんだな。

 そう思うってことは、やっぱり俺……。

「いや、よそう」

 今考えたって仕方ない。とにかく今は那月さんの体調が早く戻るよう、全力で那月さんのサポートをするだけだ。

 それに、さっき優美さんにはアドバイスをもらったし、弁当箱を洗いながら言われたことを頭の中で反芻しよう。実際にやってみないとわからないけど、イメージトレーニングも大事だ。


 洗い物を終え、新しい氷枕を持って那月さんの部屋へと戻り、その氷枕を交換してまた那月さんの部屋を出る。

 この氷枕……めっちゃぬるくなってるな。さすが真夏。

 こいつには夕方か夜にはまた頑張ってもらわないといけないから、急いで冷凍庫で休憩してもらおう。

 しかし、アレはどうするかな?

 氷枕を交換する際、近くで那月さんを見て、ドキドキしたのと、もう一つ思ったことがある。


 那月さん……めっちゃ汗かいてる。


 あれは絶対にパジャマも汗でベッタリしてるはずだ。

 どうしよう……パジャマ交換しなきゃいけないのはわかってるんだけど、その前に一つ大きな壁がある。


 那月さんの汗、誰がふくんだ?


 ……俺? いやいや、絶対無理!

 ただのルームシェアをしているだけの男がやっていいことじゃない!

 もしも付き合っているのだとしたら、その資格だけはあるんだろうけど、万が一、仮にもし付き合っていたとしても俺には無理!

 咄嗟にとはいえ、手しか触ったことがない俺にとって、布越しとはいえ那月さんの綺麗な肌に触れるのは、俺にとってスカイツリーよりも高い壁だ。

 ああ、でも、早くふかないと那月さんの身体が冷えてしまうし、かといって熱で苦しんでいて、関節も痛んでいる那月さんに自分の背中もふいてくれなんて言うのはかなり酷だし……。

「~~~~~~!」

 ええい! 俺も男だ! が早くよくなるよう、俺も覚悟を決め───

「……あれ?」

 覚悟を決めかけた俺の脳裏に、ある重大な事実が浮かんだ。


 那月さんの背中をふくってことは、那月さんの肌を直接見るってこと……。


「っ!」

 いやいやいや! 無理無理ムリ!

 あの那月さんの肌をだぞ! 絶対直視なんて出来ない!

 そ、それに、背中だけ見るなんて、多分ムリだ。どうしても那月さんの前にある二つの大きなアレに目が行きそうで……!

 うわぁ……何考えてんだ俺!? 遅れてきた思春期か!?

 でも実際、ブラ越しとはいえ見てしまっているから、那月さんのような細身であの大きさはマジで脅威だ。……ジョークではない。

 ヤバい……意識したらどんどん無理になってきた。ど、どうする!?

 そ、そうだ! 目隠しをしながらだと視覚情報が入ってこないからまだやりやすいのでは?

 ああでも、その分触覚が敏感になってしまって逆に那月さんの綺麗はお肌を過剰に意識してしまうのでは!?

「……」

 ……って、俺はバカか? 冷静になれ。

 那月さんは病気で苦しんでるんだ。なのに俺はなんてことを考えてウダウダしてるんだよ。

 那月さんに早く元気になってほしい。俺にはそれが一番なんだ。

 俺のくだらない煩悩のせいであーだこーだしてないで、とにかく那月さんの汗をふかないと!

 とりあえず洗面器とタオルを用意しないと。

 準備した俺は、洗面器にぬるま湯を入れる。

 入れている間、煩悩を滅却するべくひたすら素数を数える。

 余計なことは考えるな。那月さんを助ける行為なんだ。

「とりあえず、目隠しも用意していこう」

 那月さんの身体をふくタオルを濡らしてから、俺は棚から目隠しになりそうな適当なタオルを取り出す。

「…………よし、行くか!」

 気合を入れ、廊下に出ようとしたと瞬間、突如インターホンが鳴った。

「え?」

 誰だ? こんな時に宅配便か?

 でも正直助かった。那月さんには申し訳ないけど、この隙にもう少し心を落ち着けさせよう。

 とりあえずカメラで誰なのかを確認しよ───

「え?」

 カメラを確認した俺は驚きを隠せなかった。なぜなら……。

『おーい、ゆーくーん!』

『来たぞ祐介。九条さんは大丈夫か?』

 来客は、司と椿さんだったからだ。

 色々と思うところはあったけど、玄関を開けるべく、俺は急いで玄関に向かった。

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