第73話 これからはタメ口で
「ごめんね那月ちゃん。お待たせしちゃって」
「いえ、そんな……ありがとうございます」
優美さんが弁当箱ののったお盆を持っていたので、ノックと部屋の扉を開けるのは俺がやった。そして優美さんが入ったあとに俺も部屋に入り、ゆっくりと扉を閉めた。
俺が那月さんたちの方を見ると、優美さんがお盆をベッドの上に置いているところだった。
那月さん、やっぱりまだ辛そうなのかな? 顔も熱で赤いままだよな?
なぜこんな疑問形なのか、近くにいるのだから直接那月さんを見たらいいと思われるかもしれないが……。
「……」
俺は今、那月さんの顔を見れない。
さっき、弁当をレンチンしている間に優美さんが話してくれた内容が頭の中で無限ループしているから。
俺の話をしている時が一番輝いている?
ここから出て行きたくないって気持ちが日に日に強くなってる?
そんなこと言われたら……那月さんも俺のこと───
「っ!」
いやいや、勘違いするな『振られ神』!
那月さんの純粋な『ここでの生活が楽しい』って気持ちをありえない方向に曲解するな。
俺は考えを追い出すために頭を振る。
「どうしたの? ゆうすけくん」
「え?」
「ん?」
「あら?」
「すごい勢いで頭を振ってたから……それになんだか顔も赤い」
み、見られてたのか……恥ずかしい。
「な、なんでもないですから! 那月さんは気にしないでください」
「?」
那月さんはあまりわかっていないようで首を傾げている。くそっ、可愛いな!
「え、ちょっと待って」
那月さんの仕草にドキドキしていると、マユさんが声を出した。驚きと困惑がちょっと出ている。
「なんですかマユさん?」
「いや……那月さんって、いつから祐介くんにタメ口になったの?」
「真夕から、那月ちゃんは降神くんにも敬語って聞いてたから私もびっくりしちゃったわ」
「今朝からですけど」
俺も最初はびっくりしたけど、今はけっこう慣れてきたから気にすることもなくなってきた。
「……あれ? 私……」
だけど、はじめて指摘された那月さんはびっくりしている様子で、自分の口を指で隠した。どうやら無意識でタメ口になっていたようだ。
「ご、ごめんなさいゆうすけくん……! 私っ……こほっ!」
「ああ……落ち着いてください那月さん。そんなことで怒らない……というか、嬉しかったんですから」
「けほっ……うれし、かった?」
「はい。本当は那月さんの風邪が治ってから言おうと思ってたんですが、これからは、タメ口で接してくれると嬉しいです」
ただでさえ風邪で弱ってる那月さんに、少しでも精神面で負担をかけないようにと思ったんだけど、言うのはこのタイミングかなと思ってしまった。
マユさんも優美さんも、那月さんが誰に対しても敬語だったのを知っていたから、びっくりして口から出てしまったんだろうしな。
「はい。じゃなかった。……うん」
「ありがとうございます」
「じゃあ真夕。私たちはそろそろ……」
「あ、うん」
そろそろおふたりは帰るみたいだ。優美さんはお店もあるもんな。あまり時間のない優美さんにあんなお願いをしてしまってちょっと申し訳なかったな。
「マユさん、優美さん。本当にありがとうございました」
「ありがとうございました。なんとお礼を言っていいか……」
「いいのよ二人とも。私たちが来たくて来たんだから。那月ちゃん、お大事にね」
「そうそう。だから気にしないでくださいよ。……いいものも見れたし」
「「?」」
いいものってなんだろう? 那月さんと二人の時になにかあったのかな?
「降神くん、頑張ってね」
「は、はい! なんとかやってみます」
「?」
那月さんは首を傾げている。まぁ、夜になればわかりますよ。
ちゃんと出来るかわからないけど、やるしかない。せっかく優美さんにアドバイスももらったんだから……!
俺は那月さんに一言伝えてから、帰る仁科親子を玄関まで見送った。
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