第72話 那月さんだから
「すみません……まゆさん」
私はお見舞いに来てくれた真夕さんにいきなり謝罪をしていた。
「謝罪なんていいですよ。母さんから那月さんが体調を崩したって聞いて、来たくてここに来たんですから」
「でも、まゆさんも予定があったんじゃ……」
「今日はバイトも休みですし、引きこもってオタ活するつもりでしたから那月さんが気に病むことは何もないですよ」
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
それから真夕さんはあまり喋らずに私と一緒にいてくれた。
いつもならすごく話しかけてくれるんだけど、私が喋りすぎないように……風邪を治すことに専念出来るようにしてくれているのかもしれない。
やっぱり真夕さんは優しいな。
「こほっ……こほっ……ずずっ!」
うう……咳と鼻水が出て呼吸しづらい。
「大丈夫ですか那月さん!?」
「だ、だいじょうぶです」
「……あまり大丈夫そうには見えないですが」
「う……」
こんな病人が言っても説得力が皆無なのは知ってるけね。こればっかりは仕方ないよね。
真夕さんは近くにあったボックスティッシュを掴み、ベッドの上に置いてくれた。
「とにかく鼻かんでください。起きれますか?」
「それはだいじょうぶですよ。……よいしょ」
ダルい身体と痛む関節を我慢しながらゆっくりと身体を起こそうとしたら、真夕さんが支えてくれた。
「……すみません」
「そこは「ありがとう」と言ってほしいですね」
真夕さんはニカッと笑った。私に罪悪感を持たせないために……なんだよね。
「ありがとう、ございます」
「いーえ」
私が鼻声でお礼を言うと、真夕さんは、今度は優しい笑顔を向けてくれた。本当に綺麗な人だなぁ。
真夕さんが取ってくれたティッシュで鼻をかみ、使ったティッシュをゴミ箱へ捨てる。
「また横になりますか?」
「……いえ、お昼も食べないとですし、このままで……」
そろそろ優美さんが持ってきてくれたお弁当が来るはずだから、一度横になってまたすぐに起き上がるのはちょっとしんどい。
「わかりました」
そう言って真夕さんは、さっきまで祐介くんが座っていた椅子に腰かけた。
それから少しの間、私の部屋は無言だったんだけど、私は聞きたいことがあったから真夕さんに話しかけた。
「あの」
「どうしました那月さん?」
「……ゆうすけくんって、いつもああなんですか?」
「ん? どういうことですか?」
質問が抽象的すぎてうまく伝わらなかったみたい。えっとえっと……むむむ……。
「ゆうすけくんは、誰かが困っていると自分を顧みずに助けてるのかなって……」
学校に行かなきゃいけないのに、それを私のために休んで……もし今日バイトがあったなら、祐介くんはそれも休んでいたと思う。
人が困っていたら、自分の予定を投げ打ってその人を助けるのかな?
「……どうでしょうね? 私も祐介くんと仲良くなってまだ一年ちょっとですから、そこまではわからないんですけど……」
「けど?」
「那月さんだから……かもしれませんよ」
「…………へ?」
ど、どういうこと? 私だから!?
え? やだ、なんでこんなにドキドキするの!?
「同居人が困ってたら助けるのは、祐介くんにとって当たり前の行動ってことなんですよきっと」
「え? あ……そ、そうです、よね」
同居人だから、か。
「那月さん。もしかして、『私だから』をそのままの意味で解釈しちゃいました?」
「なっ!? し、してま……ごほっ、ごほっ!」
な、何を言い出すの真夕さん! わ、私は……私は、そんなこと……っ!
「ああ! ごめんなさい! ……体調悪いのにからかうもんじゃないですね」
「……あまり年上をからかわないでください。こほっ」
真夕さんが背中をさすってくれて、ちょっとは落ち着いてきたけど、からかわれたことをまだ少し許せてなくてジト目を向けてしまう。
「そ、そんなに睨まないでくださいよ。今はもう言いませんから」
「……約束ですよ」
『今は』ということは、私の風邪が治ったらからかうって意味なのかな? でもまあいいや。これが真夕さんなりの友好の証みたいな部分もちょっとはあるし、言っても完全には聞き入れてくれないだろうし。
私が半ば諦めに近いことを思っていると、部屋のドアが三回ノックされた。
『那月ちゃんおまたせー。お弁当持ってきたわよ~』
「あ、はい」
「私、開けますね」
真夕さんが椅子から立ち上がってドアに向かって歩き出した。
「同居人だからじゃなくて、本当に那月さんだから……だと思いますよ」
「?」
真夕さんが何かを言った気がするんだけど、もしかしたら空耳かもしれなかったから、私は特に気に留めることはなかった。
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