第70話 作ってきたの
な、なんでここにマユさんとそのお母さんが来てるんだ!?
那月さんはただバイトを休むって連絡をしただけではなかったのか?
マユさんもここに来たってことは、お母さんから那月さんの体調について聞いたってことなんだろうけど、それでお見舞いに?
マユさんって、今日はシフト入ってないんだっけ?
それにマユさんのお母さんも、喫茶店が忙しいはずなのに……。
「ほら祐介くん。ほうけてないで自己紹介をしないと」
「え? ……あ!」
そうだ、考えるのはあとだ。
目上の人が先に自己紹介をして頭まで下げてくれたんだ。いつまでもノーリアクションだと失礼にあたる。
「す、すみません。ちょっと考えごとを……。降神祐介です。マユさんにはいつもお世話になってます」
俺は自己紹介をして頭を下げた。それはもう前屈でもやってるんじゃないかってくらいに。
そしてすぐに、「外は暑いので、どうぞお上がりください」と言って、仁科親子を部屋に招き入れた。
今日の気温は猛暑日手前まで上がるって予報だったし、断続的にセミの大合唱が続いている。
そんな中に女性二人を晒しておくのは酷だったので、すぐに通した。
「ありがとう降神くん。それで、那月ちゃんの様子は?」
「さっきまで寝ていましたよ。熱はありますが、呼吸は落ち着いてます」
「そう。なら二、三日安静にしてれば良くなるかな。ちょっと安心したわ」
優美さんは心底安堵した様子だ。よほど那月さんを大切に思ってくれてるんだ。
「真夕。先に那月ちゃんの様子を見てきてくれるかしら?」
「わかった」
「あ、那月さんの部屋は───」
「大丈夫だよ祐介くん。実は那月さんと一緒にここに来たことがあるから、案内は不要だよ」
「え?」
そう言ってマユさんは那月さんの部屋の前に立ち、ノックをして部屋の中に入っていった。
マユさん、うちに来たことあったんだ。ちょっと驚いたけど、マユさんは人の家を勝手に物色したりする趣味は持ち合わせていないのは知ってるし、那月さんもマユさんを信頼してのことだと思うから口を出すつもりはない。
あ、そうだ。あ……『愛の巣』についてつっこむのを忘れてた。あとで訂正してもらわないと。
「あの、降神くん」
「あ、はい。なんでしょうか?」
ちょっと愛の巣云々を考えすぎてしまい、後ろから優美さんに声をかけられて方が跳ねてしまった。とりあえず、今は考えないようにしよう。
「よかったら、電子レンジを貸していただけないかしら?」
そう言って、優美さんは手に持っていた袋を自分の胸の高さまで上げた。
「もちろんいいですけど、それは……?」
「お弁当。作ってきたの」
「っ!」
マジで!? ちょうど那月さんのお昼どうしようと考えていた時にタイミングよく仁科親子が昼食を持って来てくれるなんて……。
もしかして、那月さんからバイト休む連絡を受けた時に、ここに昼食を持ってお見舞いに来てくれるのを決めていたのかな?
「あら? もしかして、もう何か作っちゃった?」
俺がただ驚いて、何も言わずにいたら、それを不思議そうに見ていた優美さんが少し困った表情で尋ねてきた。
いけないいけない……。まずはお礼を言わないと。
「ありがとうございます。その、ちょうどどうしようかと悩んでいたので、すごく助かります。案内しますので、こちらへどうぞ」
「それじゃあ、お邪魔するわね」
俺は優美さんを先導する形で歩き出し、優美さんも後ろをついて来てくれた。
優美さんのおかげで、とりあえず目の前の問題はクリアされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます