第69話 【愛の巣】

 その後、那月さんを病院に連れて行き、診察と薬を処方してもらって、俺は今、那月さんの部屋で本を読んでいる。

 那月さんの容態は落ち着いていて、少し前からすぅすぅと眠っている。

 時計を見ると、そろそろお昼時の時間だ。

「しかし、お昼はどうしようかな?」

 一応、今の那月さんでも食べやすいような物は病院から帰ってきてからスーパーまでひとっ走りしてちゃちゃっと買ってきた。おかゆやゼリー等だ。

 料理がほとんど出来ないから、簡単に作れそうなおかゆなんかも作れる自信がなくってレンチン出来るやつを買ってきたんだけど、果たしてそれでいいのかって思わないでもない。

 那月さんはここで暮らし始めてからずっと、俺に美味しい料理をご馳走してくれた。今までずっと任せっきりだった分、こんな時くらいは俺だって自分で作りたい。

 だけど、もし失敗でもしてしまったら、それを今の那月さんに食べさせでもしてしまったら、回復から遠ざかってしまうのでは……という、一種のプレッシャーが俺を襲う。

「こんなことなら、那月さんに少しでも料理を教わっとくんだったな」

 今さら言っても仕方ないよな。

 那月さんが快復したら、俺も積極的にキッチンに立つようにしよう。配膳だけじゃなくて、調理でも那月さんの役に立ちたい。

「うーん……」

 俺がそんな決意をしていると、眠っていた那月さんがもぞもぞと動いている。そしてゆっくりと瞼を上げた。

「ゆー……すけ、くん」

「はい。ここにいますよ」

 焦点が定まっていない瞳で俺を見て、消え入りそうな声で俺を呼ぶ那月さん。普段の明るい彼女からは想像も出来ない姿だ。

 熱だからというだけでなく、なんというか……なんか本当に精神が弱ってるというか、ちゃんと見ていないと危ないというか、とにかく脆さみたいなのを感じる。

 俺が顔を近づけると、那月さんは心底安堵したような笑みを見せてくれた。……綺麗すぎるって。

「那月さん。そろそろお昼ですけど、食べれそうですか?」

 俺はドキドキする自分の心臓を無視して那月さんに問いかける。顔、赤くなってないよな?

「正直、あまり……。でも、おくすり、飲まなきゃだから」

「あ……!」

 熱があって力が入らないのに、無理して上体を起こそうとした那月さんの身体を支え、起こすサポートをする。

「ごめんね……ゆーすけくん」

「いえ、俺がしたくてやってることなんで……」

 というか那月さん、ほとんど敬語を使わないな。これも風邪の影響なのかな?

 普通にタメ口で話してほしいって思っていたから、俺としては嬉しいんだけど……風邪が治ってもこのままタメ口で接してほしいな。

 タメ口の件は同居二日目の朝以降は一言も話題に出てないけど、もう一緒に生活して三ヶ月なんだから、そろそろいいのでは? って思っている。

 これからも言うつもりはないし、言うと催促しているみたいだし、那月さんを困らせてしまうだけだから、那月さんが敬語をやめてくれる日まで待つだけなんだが。

 というかそれは今は置いといて、那月さんのお昼だ。

「那月さん、昼食なんですが、なにか食べたいものあります?」

「おひる……あ、もしかしたらそろそろ……」

「?」

 なんのことを言ってるんだろうと思い、首を傾げていたら、那月さんの鏡台に置かせてもらっていた俺のスマホが震えた。どうやら誰かからのメッセージを受信したようだ。

「ちょっと失礼します」

 那月さんに一言告げ、スマホを取ると、送り主はマユさんだった。

 マユさんからメッセージを送ってくるなんて珍しいな。普段ほとんどしないのに。

 そう思いながら、俺はアプリを起動し、メッセージを確認する。


【祐介くんと那月さんの愛の巣の前にいるから玄関を開けてほしいな】


「ぶっ!」

 そんな内容のメッセージを読んで、俺は吹き出してしまった。

「どーしたのゆーすけくん?」

「い、いえ! なんでもないです!」

「?」

 い、言えないし見せられるわけもない。これを知ったら那月さんの熱がさらに上がりそうだし、俺が死ぬ。

 そもそもなんでマユさんがここに? もしかして那月さんが言ったのかな?

 考えるのはあとだ。今はとにかく玄関を開けないと。

「な、なんかマユさんが来たっぽいので、ちょっといってきます」

「あ……うん」

 何かを思い出したような表情をした那月さん。やっぱりマユさんに体調を崩したのを伝えたんだ。

 そしてすぐにしゅんとしたので、早くここに戻ってこないとな。

 俺はゆっくりと那月さんの部屋を出て玄関へ向かい、ゆっくりと玄関を開けた。

「やあ祐介くん。那月さんの容態はどうだい?」

 さっき俺にあんなメッセージを送っておいて悪びれもしないマユさんをジト目で睨みながら、俺はマユさんの後ろにいる人を見る。

 綺麗で優しそうな女性だ。手にはバッグを持っているけど、何が入ってるんだろう?

「あ、この人うちの母さんだよ」

「え……え!?」

 マユさんのお母さん!? ということは、那月さんがバイトしている喫茶店の人!?

「はじめまして降神くん。真夕の母の仁科優美です」

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