第65話 お叱りはあとで受けます
俺は靴を乱暴に脱ぎ捨てて、すぐに那月さんに駆け寄った。
「那月さん! 大丈夫ですか!?」
今の那月さんを見て大丈夫じゃないのは明白だけど、人ってのは不思議で、第一声は自然とそんな言葉をかけることが多いんだよな。
「……あれ? ゆうすけくん……なんで……?」
那月さんはゆっくりと顔を上げて俺を見た。顔が赤くて焦点も合ってないように見える。
「俺は、ちょっと忘れ物をして……」
「あはは……ちょっと、気を抜くのが、早かった、ですね……」
気を抜くのが早かったって……那月さんの体調不良は、いつから……!?
いや、それを考えるのはあとだ! とにかく那月さんを安静な場所へ移動させないと。
同居初日以来、那月さんにはほとんど触れたことがなかったけど、今は非常時だ。許してもらおう。
そうだ。那月さんには悪いけど、先に那月さんの部屋を開けさせてもらおう。
「那月さん。ちょっと部屋を開けます」
「え……?」
俺は那月さんの返事も聞かずに、リュックを下ろし、那月さんの部屋へ向かい、その扉を開けた。
そしてタオルケットをベッドの端に移動させてから、すぐに那月さんの元へ戻る。
「那月さん、失礼します」
「え……っ!?」
意識が朦朧としている那月さんの背中と膝の裏に自分の腕を通し、そのまま那月さんを持ち上げた。所謂お姫様抱っこだ。
驚くほど簡単に持ち上がったし、布越しからも那月さんの体温の高さが伝わる。これ……かなり熱あるんじゃないか!?
「ちょ、あの……ゆうすけくん!?」
「お叱りはあとで受けます。今は許してください!」
那月さんはすごく慌てているけど、今はいつもみたいに那月さんの言葉に耳を傾ける余裕なんてない。
那月さんを早くベッドに……俺の頭の中にはそれしかなかった。
那月さんが使いはじめてからは足を踏み入れたことなかったけど、すごく綺麗で整頓された部屋だ。
物が少ないというか、生活感があまりないな。
おっと、いつまでもお姫様抱っこしてたんじゃあ那月さんの身体に負担をかけてしまうかもだから、部屋の感想は後回しだ。
俺は那月さんの身体を揺らさないよう慎重に進み、ゆっくりとベッドへ那月さんを下ろし、上からゆっくりとタオルケットをかける。
「ありがとう、ございます。ゆうすけ、くん……」
「いえ、これくらい……」
俺は近くにあった扇風機のスイッチを入れた。風邪ひきとはいえ、この暑さの中涼を取らないのは危険だ。
那月さんの息は相変わらず荒い。お礼を言うのだって辛そうだ。
これでホッとしてたらダメだ。
とりあえず今は那月さんの熱を計らなければ。
「ちょっと待っててください」
俺は那月さんにそう言うと、那月さんに振動を与えないよう、歩いて那月さんの部屋を出て、そして廊下を早足で突っ切りリビングダイニングへと移動する。
「えっと、確かこの辺に体温計が……」
俺は薬を置いてある引き出しを調べると、体温計を見つけ、急いで那月さんの部屋へと戻る。
「那月さん。辛いと思いますが、まずは体温を計ってください」
「わかり、ました……」
那月さんは上半身を起こそうとしていたので、俺は考えるより先に那月さんを支える。
「ありがとうございます」と言う那月さんに笑顔だけ見せ、俺は那月さんに体温計を手渡した。
那月さんが体温計を脇に刺したのを確認してから、俺は一度那月さんの部屋をあとにする。決して体温計を刺す際に見えた那月さんの白くて美しいデコルテにドキドキしたからではない。
俺はまたリビングダイニングへと移動して、ポケットからスマホを取り出す。
「もしもし。降神です───」
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