第63話 早速飲みましょう

「どうしました祐介くん? 何やらお顔が赤いですが……」

 そして俺の顔が赤いのを那月さんが見逃すはずもなく、声をかけてくれる。だけど……。

「そ、そういう那月さんだって顔が赤いですよ」

 そう、俺の心配をしてくれる那月さんの顔も赤かった。少しのぼせたのかな?

「へっ!? い、いや、これはその……なんでもないです!」

 ……明らかになにかあったな。そして那月さんが慌ててる原因を作ったのは一人しかいない。

「ん? どしたの祐くん? 私をじーっと見ちゃってさ。もしかして、湯上り姿の私に見とれちゃった?」

 俺が疑いの眼差しを向けても椿さんはひらりと躱し、腰と後頭部に手を当てポーズをとった。ショートパンツから伸びた美脚が惜しげもなく披露されている。

「違うよ! 椿さんに見とれているのは俺じゃなくて司だろ……え?」

 俺は依然としてマッサージチェアを利用している司を見た。すると司はぼーっとした表情で、マジで見とれているようだった。

 だけど、椿さんを見ているようには見えない……って、まさか!?

 そんな司は、マッサージチェアから立ち上がり、ゆっくりと女性陣の所へと近づいていき、やがて那月さんの正面に立った。

「はじめまして。祐介の親友のあたらしつかさといいます。お会いできて光栄です。九条那月さん」

 司はキリッとした表情で那月さんの前に手を出し、握手を求めた。

「あ、あの……よ、よろしくお願いし───」

「つ~く~ん? 初対面の那月さん相手に何してるのかな~?」

「そうだぞ司! 那月さん困ってるし椿さんの前なんだから控えろよ!」

 那月さんが司の手を取ろうとした直前、俺は司の両肩を持ち那月さんから引き剥がした。

 椿さんも同様に那月さんを司から離したようだ。

 というか司は椿さん一筋って言ってたのに、まさかいきなり那月さんに握手をしようとするなんて思わなかった。

 ……ま、まぁ? 今の湯上りの那月さんはメイクをした時とは違った色気があるから? 司も思わずそんな行動に出るのも百歩譲って理解できないわけではないけどさ? マジで俺が一緒にいてよかった。俺が席を外していたら握手していたかもしれないし。

 ……あれ? そもそもなんで、俺は握手を阻止したんだ? 椿さんがいるのだから、俺がわざわざ司を止めなくても、椿さんなら絶対に阻止する。

 なんか無意識に身体が動いた感じが……これじゃあまるで───

「っ!」

 俺はその理由を考えていて顔がまた熱くなった。

 だって、そうなら俺は……。

「祐介くん、どうしました?」

「い、いや! なんでもないです。なんでも……」

「?」

 いつの間にか俺を心配した那月さんがそばに来ていて顔を覗き込んでいたのだけど、今のこの状況で那月さんの顔を見てしまった俺は、慌てて身体ごと後ろを向いてしまった。

 せっかく心配してくれたのに、ちょっと悪いことをしてしまったな……。

 後ろを向いた俺の視界に、テーブルに置かれたコーヒー牛乳が目に入った。

 そうだ。那月さんに渡すために二つ買ったんだから、早く渡さないと温もってしまう。

 俺は早足でテーブルまで移動し、コーヒー牛乳が入っている瓶を掴む。すると水滴が付いていて、俺の手のひらが少し濡れる感覚があったので、備え付けられていた布巾で瓶に付いたすいてを拭き取ってから、那月さんの元へまた移動する。

「な、那月さん。喉、乾いていると思ったから買っておいたんです。よかったらどうぞ……」

 なんでコーヒー牛乳を渡すくらいで今さら緊張してんだ俺!?

 これじゃあ、本当に……。

「わぁ、嬉しいです! ありがとうございます祐介くん」

 那月さんはそう言うと、満面の笑みで俺からコーヒー牛乳の入った瓶を受け取った。

 俺の後ろで那月さんのその笑顔を見ていたであろう司から「可愛すぎだろ……」というセリフが漏れていた。その気持ち、わかるぞ友よ!

「ね? 言った通りでしょ那月さん。祐くんは絶対那月さんの分の飲み物も用意してるって」

「はい!」

「え?」

 どういうことだろ? 椿さんはまるで俺の行動を読んでいたみたいな口ぶりだけど……。

「祐くん。実はここに来る前、那月さんは自分と祐くんの分の飲み物を買おうとしてたんだよ」

「え? マジですか?」

「はい。お待たせしちゃってるわけですし、新くんとお話しているあいだに喉が渇いているかなと思いまして」

「で、そんな自販機の前でどれを買うか選んでいた那月さんを見て、私が「そんな心配は不要ですしなんだったら那月さんの分もちゃんと用意してくれてますよ」って言ったんだよ」

「そ、そうだったんですね」

 那月さん、飲み物を買おうとしてくれていたなんて……その優しさがすごく嬉しい。

 でも、もしかして那月さんたちがちょっと遅くなったのって、それが原因なのかな? 那月さんと別れたあとに思いついたから、事前に伝えられるものじゃないけど、スマホでメッセージでも飛ばせば良かったかな。

「あれ? 祐介くんのコーヒー牛乳、まだ封が開けられてないですけど……」

 那月さんがテーブルに置かれている俺のコーヒー牛乳を見ながら言った。先にここに来ていたのにまだ未開封のコーヒー牛乳があれば不思議に思うよな。

「その、俺だけ先に飲むのもな~っと言いますか、那月さんと一緒に飲みたかったと言いますか……二人で飲んだらさらに美味しくなるかなって……」

 どれも本当のことなんだけど、なんでこんなに焦ってるんだよ俺……。

「祐介くん……。嬉しいです。ありがとうございます」

「い、いやそんな! 俺が勝手に待ってただけなので、お礼を言われることでは……」

 那月さんはお風呂上がりでまだ火照っているのか、頬は赤くなっていた。

 そんな那月さんの笑顔を見て、俺はいつも以上にドキドキしていた。

 椿さんやマユさんの笑顔なら見慣れたのに、那月さんのは一向になれる気配がない。

 一緒に住んでるとはいえ、まだ数ヶ月の付き合いだからか、単純に那月さんの見た目がどタイプだからか、はたまた別の理由が……。いや、よそう。多分今考えても答えは出ないし、みんなといるんだから考えるのは後でもいいよな。

「では祐介くん。早速飲みましょう」

「ですね」

 俺はテーブルに置かれたままの瓶の水滴を布巾で取り、それを持ってまた那月さんの正面に立つ。

 そして封を開け、那月さんと瓶をカチンと合わせていっせいに飲んだ。

 そのコーヒー牛乳は、やっぱり特別美味いものに感じた。


「ねえつーくん」

「どうした椿?」

「あの二人、なんで付き合ってないの?」

「さあ?」

 そんな『つかつばカップル』の声は、俺には届いていなかった。

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