第61話 強烈に想う何か

「九条さんは、祐くんと付き合いたいとは思わないんですか?」


「え?」

「祐くんの家が九条さんにとって居心地がいいのも、出ていきたくないって思っているのも、それは全て祐くんがいるからだと思うんです。そんな相手に好意を抱いたりは、しないんですか?」

「……」

 私はその質問に答えかねていた。それは……。

「わからないんですよね」

「え?」

「私のこと、祐介くんから何か聞いてますか?」

「隣県に住んでたけど、一緒に来てた最低な彼氏に置き去りにされたってことは……」

「……確かに祐介くんを好意的に感じています。だけどそれは恋愛的なものなのかは、自分でも判断出来ないんです。今まで付き合ってきた男性に、わりと酷いことも言われ、されてきましたからね」

「九条さん……」

「だから多分、私が本気でその人を好きにならないと、付き合うまでには至らないと思います。相手のことを心から信頼し、かつその人のことを強烈に想う何かがないと……」

 もう、あんな思いはしたくない。

 私が選んできた道だから後悔はないのだけど、それでも次は……次こそは本気で好きになった人と、お互いを想い合う本気の恋愛をしたい。

「つまりはきっかけがないんですね」

「そう、なんだと思います」

 私がそう言うと、柏木さんは「きっかけ、きっかけかぁ……」と頭を悩ませてしまった。

 もしかして柏木さん、本気で私と祐介くんをくっつけようとしてるのかな? う~ん……こればっかりは私の気持ち的な問題だから、柏木さんのその気持ちは嬉しくないわけではないのだけど、まだ彼氏を欲しいと思ってないからなぁ。

「そういえば柏木さんは、祐介くんの過去を知っているのですか?」

 いまだに頭を悩ませている柏木さんに、祐介くんとはかなりフランクな仲だと感じたので、祐介くんが地元にいるあいだに何があったのかを知っていると判断した私は、それを聞いてみることにした。

「う~ん……え? 祐くんの過去ですか? はい、聞いてますよ」

 やっぱり。

 祐介くんはそれだけ柏木さんを、そしてその彼氏さんも信頼しているんだ。

「九条さんは聞いてないんですか?」

「はい……」

「そんなに気を落とさなくても……。まあ、アレは祐くんには何の落ち度はないとはいえ、あまり言いたくはないと思う内容ですからね」

「そうなんですか?」

「はい。……自分に一番近いところにいる九条さんに話すのは、多分私たちに話すよりも勇気がいると思います。男って見栄っ張りですからねぇ」

 そう言って柏木さんはやれやれと言わんばかりのポーズを取った。彼氏さん、見栄っ張りなのかな?

「あ、祐くんが九条さんを信頼してないからってわけではないですからね!」

「そ、それはわかってる、つもりです」

 じゃなかったらこんなに長い間住まわせてくれるはずないから。

 祐介くんに信頼されているのを考え、ちょっと嬉しく思っていると、柏木さんはなぜかにやにやしながら私を見ていた。こんな表情、真夕さんもしてたなぁ。

「それにしても九条さん、それだけ祐くんの過去が気になるってことは、少なくとも自分から出ていこうという気は全然ないみたいですね」

「っ!」

 柏木さんに言い当てられてしまって、私はびっくりして身体が跳ねてしまった。

 微かな波ができ、それが柏木さんに当たる。

「あはは! 九条さんわかりやすいですね。顔、赤いですよ」

「あ、赤いのはお湯に浸かってるからです!」

 私の言い分もなんのその、柏木さんはくすくすと笑いながら、「そういうことにしておきますね」と言って、片手でお湯をひとすくいして、それを肩から流した。

 改めて見ると、白くて細くて、本当に綺麗な肌をしてるなぁ。

「そろそろ出ますか? 今頃男どもはラウンジでくつろいでると思いますから」

 気づけば柏木さんとはすっかり話し込んでしまって、どれだけ時間が経ったのかわからない。

 顔が熱いから、ちょっと湯あたりしたかな? 柏木さんの言葉のせいではない……よね?

「そうですね、上がりましょう。良ければ柏木さんの彼氏さんにお会いしてもいいですか?」

「もちろんですよ! でも惚れるのはなしですからね? ……といっても祐くんがいるか」

「も、もう! 柏木さん!!」

 わ、私と祐介くんはそんな関係じゃないから!

 それから私たちは名前で呼び合うようにして、お風呂から上がった。脱衣場に入った時の強めの冷房が、今の私にはとても心地よく感じた。

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