第59話 あの九条那月さんですか!?

「わぁ……広くて綺麗」

『女湯』 ののれんの先に来た私は、脱衣所の広さにも驚いていた。

 白い壁、明るい照明。

 ロッカーも何十個もあって、子供からお年寄りまで色んな人が利用している。

 そして髪を乾かせるスペースも広いから、一度に十人以上は利用出来る。

 何より涼しい! ここでお風呂で火照った身体をすぐに冷ますことができそう。

 脱衣所に驚くのはこれくらいにして、早くお風呂を堪能しよう。

 祐介くんはさっき、ああ言ってくれたけど、私は普段から長時間お風呂を利用してるから、なるべく祐介くんを待たせないようにしないと……。

「あ……」

 そこまで考えて、私はマユさんと初めて会った時に、マユさんが言っていた言葉を思い出した。

『早く戻ってしまうと、『きっと自分がいたからこんなに早くに戻ってきたのでは……?』 と思ってしまいますから』

 きっと今回も、私が早く出ると祐介くんは気にしてしまうかもしれないから、いつもより少しだけ早く出るようにしよう。

 初めてここを利用するんだから、祐介くんにも楽しんでもらいたいしね。

 私は服と下着を脱ぎ、ロッカーに入れ、身体を洗うタオルを持って浴場に。

「うわぁ……いっぱいお風呂がある!」

 入った瞬間、私はテンションが上がっていた。

 広い空間に五種類以上のお風呂、身体を洗うスペースも広くって、あ、奥に見える扉の先はサウナかな?

 サウナも入ってみたいけど、祐介くんを待たせすぎてしまうかもだし……今回は見送ろうかな?

「あ、すみません……」

 私がいつまでも入口にいるものだから、私の後ろに中年くらいの女性がいたのに気づかずに通せんぼしてしまった。

 と、とりあえず、まずは髪と身体を洗おう。

 私はいつもと違う場所でテンションが上がっていて、普段より入念に髪と身体を洗った。

 こういう場所に備え付けてあるシャンプーやボディーソープも堪能したかったから。

 軽く十分以上かけて洗い終え、長い髪をタオルキャップで隠し、私はこの銭湯の一番大きなお風呂へ向かった。

 今はちょうど利用している人はいないみたいで、二人しか入っていなかった。

 あ、私とあまり歳が変わらなさそうな人がいる。タオルキャップをかぶっている美人さんで、キャップから赤みがかった髪が見えている。

 その人が笑顔で会釈してきたので、私も会釈を返す。

 そしてゆっくりと足を入れる。少し熱いから身体がびっくりしないようにゆっくりと浸かっていく。

「ん~~~~!」

 気持ちいい~。お湯が全身に染み渡って、疲れが取れていくよう……。

 それに、足をピンと伸ばして入るのも久しぶり。祐介くんの家のお風呂は綺麗だけどちょっと浴槽が小さいから、足を伸ばすことは出来なかったんだよね。

 出来たばかりというのもあるかもだけど、施設全体が綺麗にされていて、とても気持ちよく入浴出来るから、お風呂から出たら祐介くんにたまにはここに来たいって言ってみようかな? 祐介くんもここを気に入ってくれてたらいいんだけど。

「ここ、いい所ですよね」

「えっ!? ええ、そうですね」

 さっき会釈をしてくれた綺麗な女の人が、いつの間にか私の隣に来ていて話しかけていた。

 両手を上にあげ、指を絡めて伸びをしていた私はそれに気付かずに驚いてしまった。

「お姉さん、ここははじめてですか?」

「そうですね。CMを見て前から気になっていたので」

「そうなんですね。私はたまに彼氏とここに来るんです。やっぱり広いお風呂に入りたいって時がありますから」

「わかります! 家のお風呂も良いんですけど、こういう場所の方が疲れが取れる感じがするんですよね」

 初めて話す人なのに、お風呂談義に花が咲いてきた。とっても気さくで話しやすい人だなぁ。

「あ、名乗ってませんでしたよね。あはは……。私は柏木椿っていいます」

『木』が三つも付いている。とても綺麗な名前……。

「いいお名前ですね。私は九条那月といいます」

「え? ……九条、那月さん……!?」

 私は普通に自己紹介をしただけなのに、なぜか柏木さんは私の名前にびっくりしている。

 どうしたのかな? 初対面のはずなのに、私を知ってるのかな?

「あ、あの!」

「は、はい……!」

 柏木さんはいきなり顔を近づけてきた。びっくりしたけど、本当に綺麗なお顔をしている。

「も、もしかして……祐くんと一緒に暮らしている、あの九条那月さんですか!?」

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