第5章 芽生える感情
第57話 一緒に行きませんか?
俺の誕生日から既に一ヶ月以上が経った六月下旬のある日。
今日も今日とて那月さんが作ってくれた朝食に舌鼓を打っていたら、テレビからあるCMが流れてきた。
そのCMとは、最近この辺りに出来たスーパー銭湯のCMだった。
「あ、この銭湯、喫茶店のお客さんも話してましたよ」
「そうなんですか?」
「はい。中は広くて清潔で、数種類のお湯も楽しめるし、老若男女問わず人気なんだとか」
「へー……」
このCMを見る限りでは、確かに広いな。それに内装も綺麗だ。サウナもしっかり完備されている。
ラウンジも広いし、マッサージチェアまであるじゃないか!
なるほど。お風呂に入ったあとはここで冷たい飲み物を飲みながら、一人でテレビを見たり雑誌を見たりするのもよし、グループで来たら談笑するもよしなのか。くつろぐのにはもってこいだな。
「シゲさんもここを気に入ったみたいで、週に一度は通っているって言ってました」
「シゲさんって確か、喫茶店の常連さんで、よく那月さんと話をしているっていうご老人でしたっけ?」
「はい。祐介くんのお誕生日のプレゼント選びのアドバイスもくれた人です」
俺はまだ、一度も那月さんのバイト先に顔を出したことがない。
だからそのシゲさんはもちろん、マユさんのご両親にも会ったことがない。
休みの日に行こうかと思ったことはあるけど、いきなり行ったら那月さんを困らせてしまうと思うと足踏みしてしまう。
それに、ウソかホントか、那月さんに「祐介くんにはメイド服姿は見せません!」って言われているので、マジでメイド服姿を見られたくないだけなのか、それとも仕事をしている様子を見られたくないのかをわかりかねているので、那月さんに喫茶店に顔を出したいとも言いづらいんだよな。
というか那月さん……マジでメイド服でバイトしてるのかな? カマーベストじゃなくて?
「祐介くん、どうかしましたか?」
「……え?」
「難しい顔で考え事をしていたみたいなので……」
「い、いや! なんでもないですよなんでも! あはは……」
「?」
あっぶねー! 那月さんのバイトしている様子が気になるなんて言えないって。
もっと言えば、メイド服姿がめちゃくちゃ気になるとは口が裂けても言えない。
考えすぎかもしれないけど、もし本当にメイド服でバイトしているのなら、俺がそれを言うことでカマーベストに変えるかもしれないが、そうなると男性のお客さんから不満の声が出て店の売上に影響しかねない。
でも、那月さんのメイド服姿を見れる人を、ちょっと羨ましいって思う自分もいる。
これは単純に興味本位なのか、それともメイド服を見た人に対しての嫉妬なのかはわからない……。
というかこの首を傾げている那月さん可愛いな!
この人自分の可愛さを理解していないのか!?
「ところで祐介くん。良かったらこのスーパー銭湯、行ってみませんか?」
「……え?」
よかった。以前のようにメイド服云々の時の取り調べ再びかとも思ったけど、那月さんが話題を変えてくれた。
いや、那月さんは元々この話をしたかったみたいだからこの場合は元に戻した……になるのかな? どちらにしても助かった。
「シゲさんや他のお客さんから、スーパー銭湯の話題が出る度に興味が強くなっていって、それにこんなに頻繁にCMも流れていたら行きたくてうずうずしてしまって……。だから祐介くん、一緒に行きませんか?」
スーパー銭湯か……。確かに俺も興味があるし、那月さんのお願いを断る理由もないしな。
「いいですね。ぜひ行きましょう!」
「はい! 今から楽しみです」
「俺もです」
俺が約束すると、那月さんは上機嫌で洗い物を始めた。
那月さんが楽しみにしているのは、単純に銭湯に行けるからだろうか……それとも、それも込みで俺と一緒に行けるからだろうか?
……って、何を馬鹿なことを考えてるんだ俺は!? そんなの前者に決まってるだろう。
変なことを考えるな『振られ神』。
那月さんは一人で行きにくかったから俺を誘ったにすぎないんだから。
俺もなんでこんな考えをしてるんだろう?
那月さんとはただの同居人なんだから、そんなこと考える必要なんてないのに……。
この時俺は、無意識に蓋をしたんだ。
自分の中に芽生え始めている、那月さんに対する感情に……。
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