第56話 全部ある

「ん~……今日は楽しかった~」

 お風呂から上がり、部屋でスキンケアをした私は、 立ち上がり背伸びをし、ゆっくりとベッドに腰を下ろした。

 祐介くん、とっても喜んでくれてたなぁ。

 お酒も、ケーキも本当に美味しそうに飲んで食べてくれたし、プレゼントの時計も気に入ってくれたみたいで本当によかった。

 プレゼントを渡してからも、しばらく二人でワインを飲んでたんだけど、祐介くんの視線がチラチラと時計に行っているのに気付いて、私も嬉しくなって、グラスで口を隠しながら笑っていた。

 男の人にプレゼントを渡して喜ばれるって、こんな感じなんだ。

 今までの人たちにもプレゼントを渡したことはあるけど、みんな微妙な反応だったり、あからさまに嫌な顔をされることばかりだったから……祐介くんはそんな人じゃないってわかっていたけど、それでもやっぱり不安はあった。

 なんとか顔にも態度にも出さなかったから、祐介くんには気づかれてないけど。

 私ってプレゼント選びのセンスもないのかなって思っていたから……。

 祐介くんがあの時計をすごく気に入ってくれたのを見て、心底ホッとした。

 明日から着けるのかな? 着けてるのを見たらちょっと嬉しくなるかも。

 それから、祐介くんは私が選んだお酒も気に入ってくれた。これも初めての経験だった。

 今までずっと、『お前の選ぶ酒は不味いんだよ!』みたいなセリフを言ってこられたから、飲みやすいワインを選んだつもりだったけど、それでも直接祐介くんから感想を貰うまでは少し不安だった。

 結果、私が選んだお酒は祐介くんに好評で、男の人と初めて楽しくお酒を飲めた。

 今までの人とは趣味趣向が合わなかったから、祐介くんと出会ってからは初めて感じる気持ちがいっぱいだ。

 こんなに気を張らずに暮らせているのも久しぶりで、ここで暮らし始めてからはストレスなんて感じない。バイト先の人もいい人ばかりで、働くのも楽しいし。

「そうだ。今度シゲさんに報告とお礼を言わないと」

 私が祐介くんへのプレゼント選びに頭を悩ませている時に助言をくれたのはシゲさんだ。それがあったから、祐介くんを観察し、プレゼントも選ぶことが出来たんだから。

 シゲさん、次はいつ来てくれるのかな? 報告するのが楽しみ。

 私は笑ったまま、ベッドに横になった。

 それにしても、祐介くんとお酒の好みまで似てるのかな?

 飲みやすいお酒だったからまだわからないけど、食の好みも似てるから、もしかしたら……。

 今までの境遇も少し違うけど大元は同じだし……。

 でもそうなると、ますます気になる。祐介くんの過去に何があったのか。

 私は結果的に男の人を見る目がなかった。見抜けなかったからだけど、祐介くんは女性に何をされてきたのかな?

 祐介くんに非難されるようなところはないと思うんだけど……。

「気になる……むむむ~」

 はあ、やめよう……。

 これ以上考えていても答えは出ない。祐介くんに直接聞くしかないよね。

 聞くにしても今日は絶対ダメ。間違いなく祐介くんの気持ちは沈んでしまうから。

 あれだけ嬉しそうに笑ってくれた顔を、曇らせたくない。

 だからやっぱり待つしかない、よね。

 自分から話してくれたなら、私が聞くよりも祐介くんの気持ちも、表情も、曇りは薄いと思うから。

 一緒に暮らしてるのだから、同居人の表情は笑っているのを見ていたい。笑顔でいてくれるように頑張りたい。

 そうしたら、私ももっと笑えるようになるはずだから。

 男の人と一緒に暮らしていて、こんなこと思うようになるなんて、前までは想像も出来なかったなぁ。

 今までの人は、付き合ってからは笑顔を見せてくれたことはなかったし、私はいつもご機嫌取りに奔走していた。だからここ数年は心から笑ったことはなかった。

「一緒に暮らすって、やっぱりこういうことなんだよね」

 お互いに協力し合って、笑顔で食卓を囲んで、今日何があったのかを楽しく話す。

 これこそがルームシェアを……一緒に暮らすことの醍醐味だと思う。

「…………」

 思えば、祐介くんとの同居生活は、私が今まで望んでいたものが全部込められている。

 笑顔で挨拶を交わし、食事も本当に美味しそうに食べてくれるし、おしゃべりも楽しいし、率先して家事を手伝ってくれて、休みの日はお買い物も一緒に来てくれる。

 私が過去にお付き合いをして、同棲していた頃には望んでも得られなかったものが、ここには全部ある……。

「……ちょっと、出ていきたくないかも」

 いつまでも祐介くんの厚意に甘えるわけにはいかないと思いながらも、私はこの家の温もりから、既に抜けだけなくなってきていることを微かに自覚しながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。

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