第55話 一生忘れられない誕生日

 俺はまだ、ワインを飲んでいる。

 これは二杯目……試飲を含めたら三杯目だ。

 マジで美味いなこのワイン。はじめてのお酒だし、那月さんがいるから酔っ払うことができないので、セーブして飲んでるんだけど、もしこれが一人だったらガバガバ飲んでいたかもしれない。

 まだ自分の酒の強さもわからないから、無闇に飲むのはダメだよな……うん、少しずつ、自分の限界を知っていこう。

「それにしても那月さん、遅いな」

 二人でお酒を飲みはじめてからしばらくして、那月さんはこのリビングダイニングを、「ちょっと失礼しますね」と言って出ていった。あれから五分以上は経っているけど……何かあったのかな?

 少ししか飲んでないから酔ったってことはないよな? 缶ビール飲んでもケロッとして家事をこなしてくれるんだから。

 ……トイレかもしれないし、あまり俺があれこれ考えたりするのはちょっと失礼になるかもしれないから、もうちょっとしてやっぱり戻ってこなかったら心配しよう。

 そこから、俺はまたちびちびとワインを飲んで、グラスがもうすぐ空になるタイミングで、那月さんが帰ってきた。

「おかえりなさい那月さん」

「ただいまです祐介くん」

 ん? 那月さん……何か箱のような物を持ってるな。

「お酒、どうですか? 酔ってませんか?」

 那月さんはこちらに近づきながら俺を心配してくれている。優しいなぁ。

「大丈夫ですよ。お酒は美味しいし、ちょっと顔が熱いけどまだ大丈夫です」

「そうですか。祐介くんはもしかしたらお酒、強いのかもしれないですね。これからまた一緒に飲むのが楽しみです」

「那月さんと一緒に飲めるなんて光栄ですよ」

 俺が滅多に言わない、そんな歯の浮くようなセリフを聞いて、那月さんはくすくすと笑い、優しい微笑みを俺に向け、持っていた箱を優しくテーブルに置き、椅子に座った。

 白い縦長の箱で、何かロゴが入ってるけど……なんだこれ?

「祐介くん。これが私からのお誕生日プレゼントです」

「……え?」

 まるで俺の考えてることがわかったかのように、那月さんはこれが何なのかを言ってくれたのだが、……え? プレゼント?

 プレゼント……まだあるのか?

「えっと……どうしたんですか祐介くん?」

「あ、いや……えっと、俺はてっきり、料理やワインがプレゼントだと思ってたから、だから那月さんが他にも用意してくれていたなんて思ってなくて……」

 料理とワインでも、俺にとっては十分すぎるプレゼントだったのに、その上さらに他のプレゼントまで……。

「私にとって恩人の祐介くんの、記念すべき二十歳のお誕生日ですもの……私からの感謝の気持ちもあるんです。どうぞ遠慮なく受け取ってください」

 そう優しい声で言いながら、那月さんはプレゼントが入った箱を俺の方に押した。

 感謝なんて……そんな。

「……開けてみてもいいですか?」

「もちろんです」

 俺は一度頷き、白い箱を手に取った。


 俺は、那月さんがほっとけなくて、住むところを提供しただけだ。

 優しい笑顔を向けてくれて、美味しい料理まで作ってくれる……俺の方がいっぱい感謝してるのに……。


 俺はゆっくりと箱を開ける。

 するとそこに入っていたのは、白くて綺麗なスマートウォッチだった。

「那月さん、これ……!」

「祐介くんは、時計は普段からしないですよね?」

「そ、そうですね」

 なくて不自由したことはほとんどないし、時間を見るならスマホがあればそれで事足りるし、何よりオシャレにはほとんど頓着がないからな。

 ……那月さんと歩く時は、那月さんに恥ずかしい思いをさせないために、持っている服の中で良さげなものを着るようにしてるけど。

「バイトに行く前の祐介くんを見て思ったんです。誕生日プレゼントは時計にしようって」

 そういえば、プレゼント選びに難航していて、俺を観察していた時期があったな。なるほどそれで……。

「でも、高かったですよね? 俺なんかのためにこんな───」

「他でもない祐介くんのために選んだんです。祐介くんはとても優しい人です。私はそれをよく知ってます。だって、そんな優しい祐介くんに助けてもらって、今こうして笑えて暮らせてるんですから……。だから、『俺なんか』って自分を卑下することなんて何もないですよ」

「那月さん……」

「それから金額を聞くのは野暮というものです。ですがあまり高価なものではありませんので安心してください」

 そう言って那月さんは笑顔を見せてくれた。可愛さと美しさが見事にマッチした、そんな最高な笑顔を。

 この時計だけでなく、料理もケーキもワインも合わせれば、けっこうな額になったに違いない。

 それでも那月さんは、俺の誕生日を祝うために……それだけのために頑張ってくれたんだ。

『振られ神』と呼ばれた俺が、まさか女性からこれだけのことをしてもらえるなんて思ってもみなかった。

 俺は那月さんに顔を見せないために下を向いた。

 感極まってちょっと泣きそうになっているこの顔を、那月さんに見られたくないから。

「……祐介くん?」

 ちょっと落ち着いたところで、那月さんが俺を呼んだので、俺は一度頭を振って、顔を上げて那月さんを見る。

「ありがとうございます那月さん。二十歳の誕生日を忘れられないものにしてくれて。……この時計、大切にします!」

 そして笑顔で、那月さんに俺のありったけの感謝を伝えた。本当はまだまだ伝えたいけど、伝えすぎると那月さんも困ってしまうからな。

「っ……はい!」

 那月さんは、突然俺にお礼を言われてびっくりしたようだったけど、すぐに満面の笑みを見せてくれた。

 最後にこんなに可愛くて美しい笑顔を見れるなんて……そんな笑顔も含めて、俺の中で一生忘れられない誕生日になった。

 本当に、ありがとうございます……那月さん。

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