第51話 すご!

 学校が終わり、俺は少しだけ寄り道をして自宅に帰ってきた。

 空は暗くなりはじめている。

 なんでまっすぐ帰らなかったのかというと、すぐに帰ったら、きっと那月さんは俺の誕生日を祝うための準備でバタバタしているはずだ。

 俺がいたら那月さんの気が散ってしまうかもしれないし、俺も何か手伝わないとと思って落ち着かないから寄り道をした。

 手伝いを申し出ても、今日は絶対に「一人でやります」とか言いそうだし。

 さて、いつまでも玄関前で突っ立っててもはじまらないし、そろそろ入るか。

 俺は少し緊張した面持ちで自宅玄関のドアハンドルを持ち、それを引っ張った。

「ただいまー」

 玄関を開けて帰ってきたことを告げるが、何もかえってこない。

 リビングダイニングに続く扉は閉められているし、今も那月さんは準備をしてくれているはずだから仕方ないけどね。

 俺はスリッパに履き替え、自室と那月さんの部屋をスルーしてそのままリビングダイニングへと入る。

「あ、おかえりなさい祐介くん!」

「ただいまです那月さん……って、すご!」

 扉が開くと、エプロン姿でポニーテールの那月さんが笑顔で「おかえり」を言ってくれて、俺も改めて那月さんに「ただいま」を言ったんだけど、俺の意識はすぐにテーブルの上へと持っていかれた。

 まず目がいったのはきつね色の衣に包まれているトンカツ。那月さんがここに来た時に好物と伝えていたので、それで用意してくれたんだな。

 そして次に見たのは野菜だ。これは見た目の美しさに目を奪われた。

 お皿の上にレタスを敷き詰め、その上にミニトマトとスライスしたきゅうり……そして何より目を引いたのは、花の形で乗っている白と赤の野菜、それと同じような形になっている……これは生ハムかな? とにかく見た目がめちゃくちゃ綺麗だ。

 そして主食のご飯がオレンジみたいな色になっているけど、ピラフよりはちょっと暗い色だ。それにこの香辛料の匂いは……もしかしてカレー?

「今日はいつもより腕によりをかけて頑張っちゃいました! まず主食はカレーピラフ、そしてお野菜は大根とにんじん、そして生ハムをお花の形にして、ちょっとオシャレに彩ってみました。そして祐介くんの大好きなトンカツももちろん作りましたよ」

「……」

 那月さんの説明を聞いたけど、すごすぎて声が出ない。

 頑張ってくれているとは思ってたけど、俺の想像の上をいきすぎていて、そんな嬉しさが遅れてやってきて、俺は手で口を隠した。

「那月さん、これ……大変だったんじゃ……」

 いつもより明らかに手が込んでいる夕食……これ、一体いつから準備を始めてたんだ!?

「そうですね……大変じゃなかったと言えば嘘になりますけど、それでもいつもお世話になっている祐介くんに喜んでもらいたくて……だから全然苦じゃなかったですよ」

「っ!」

 これだけのものを作ったのに『苦じゃなかった』なんて……。

 那月さんのこの笑顔……見ただけで百パーセント本心で言っていることがわかる。

 こんなに豪勢な料理を目の前にするのなんていつ以来だ? 少なくともこっちに来てからは一度もお目にかかれてない。

 やば……ちょっと目頭が熱くなってきた。

 それにしても、付き合っていない男の誕生日を祝うのにここまでの料理を出すか!?

 ……もしかしたら、元カレどもの誕生日には、これよりもっとすごい料理を作ったのかな? そしてその時の元カレの反応はどうだったんだろう?

 ここまでされてノーリアクションってことはないと信じたい。じゃないと那月さんがあまりにも報われない……。

 ……そうだ。いつまでも感想を言わないのは失礼だよな。ちょうど涙も引っ込んだところだし……うん。大丈夫。

 俺は口を覆っていた手を離し、那月さんを見る。

「ありがとうございます那月さん。こんなに豪華で美味しそうなものを作っていただいて。……すごく、すごく嬉しいです」

 言っている途中でまた涙腺が緩みそうになったけど、すんでのところで堪えた。

 涙脆い性格じゃないのに、那月さんの優しさと温かさにすぐに涙腺が決壊しそうになる。

「喜んでくれたみたいで私も嬉しいです。さ、早く着替えて食べましょう」

「はい!」

 俺はリュックから弁当箱を取り出し、それを那月さんに渡すと、リビングダイニングを出て洗面所に行き、手を洗ってから自室に行って部屋着に着替えて、またリビングダイニングに戻った。

 手を洗っている時から、嬉しさがどんどん膨らんでいって、早く食べたいという気持ちが徐々に抑えられなくなっていた。

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