第48話 お誕生日、おめでとうございます

 大型連休はバイトの忙しさで目まぐるしく過ぎていき、俺の誕生日の五月六日になった。

「今日で二十歳か……」

 目が覚めて、部屋の中で一人、そんなことをつぶやくんだけど、あんまり実感が湧かないな。

 スマホに目をやると、通知ランプが点滅していたので見ると、メッセージを二件受信していた。

「あいつら……」

 メッセージを確認すると、高校の時の友達二人からお祝いのメッセージが届いていた。

『振られ神』のあだ名と、あんな根も葉もない噂が広まったってのに、このメッセージを送ってくれた二人はそれでも俺と友達でいてくれた、かけがえのない奴らだ。

 逆に言うと、こいつら以外は噂を鵜呑みにし、俺から距離を取った奴らばかりだった。

 ……いや、噂を信じてそんな行動を取ったなら百歩譲ってまだいいが、中には噂なんて信じてないけど、それでも面白半分でみんなの真似をしていた奴らもいたって聞いたことがある。

 今考えても、この二人と出会ったこと以外、高校生活でいい思い出ってのがないな。

「それだけでも十分ありがたいけどな」

 さて、いつまでも高校生活を思い返していてもはじまらない。

 今日は俺の誕生日なんだ。どうせなら楽しいことを考えよう!

 俺はベッドから起き、背伸びをして部屋から出てリビングに入った。


「あ、おはようございます祐介くん!」

 すると、俺が入ってきたのがわかった那月さんが笑顔で挨拶をしてくれた。ライトブラウンの髪をポニーテールにし、エプロンを装着して朝食を作っている。

 この人の笑顔を見るだけで過去の嫌なことを考えなくなるのだから不思議だ。

「おはようございます那月さん」

「お誕生日、おめでとうございます」

「っ! ありがとう、ございます……」

 挨拶は笑顔で元気いっぱいにした那月さん。だけど誕生日のお祝いは可愛かわいうつくしすぎる微笑みで、とても優しい口調で言うもんだからドキッとしてしまった。

 可愛さと美しさが一緒にあるのって、反則だと思う。

「朝ごはん、もうすぐ出来ますから祐介くんは席に着いてください」

「あ、俺、食器を並べますよ!」

 俺はいつものように那月隊長のお手伝いをしようとして、食器棚に向かおうとしたんだけど……。

「今日はお手伝いをしなくて大丈夫ですよ」

「え?」

 那月さんに止められてしまった。

「祐介くんは今日、お誕生日なんですから、家のことは全て私に任せてください」

「で、でも……」

「お誕生日の祐介くんは、座って待っててくださいね」

「ちょっ、那月さん……!」

 那月さんは俺の背中を押してそのままテーブルまで来てしまった。

 こういったボディータッチは、那月さんがここに来た日以来だからちょっとドキドキする。

 そして、那月さんは俺の椅子を引いて笑顔で言った。

「さ、祐介くん。どうぞ」

 こうなってはどうすることも出来ないと悟った俺は、「わ、わかりました……」と言って椅子に座った。

「もう出来ますから待っててくださいね」

 笑顔でそう言うと、那月さんは身を翻してキッチンへと駆けていった。

 俺は、そんな那月さんの後ろ姿をボーッと眺めるしかできなかった。

 それから那月さんは調理を再開したのだけど、鼻歌を歌っている。余程ご機嫌なのかな?

 テレビもつけていて、情報バラエティ番組が流れているのだけど、俺には那月さんの鼻歌しか聞こえていなかった。


「では那月さん、行ってきます」

 朝食を食べ終え、学校に行く準備を整えた俺は、玄関で靴を履き、ここまで見送りに来てくれた那月さんにそう伝える。

 いつも玄関まで見送りしてくれるんだよな。嬉しいけど、家事もしてくれているんだからリビングでいいのに。言ったら那月さんが不機嫌になるかもだから言わないけど。

「はい。行ってらっしゃい祐介くん」

 どタイプな人がこうして笑顔で見送ってくれる……これだけで「今日一日頑張るぞ!」って気持ちになるから不思議だ。

 もしも付き合っていたら……もっと嬉しくなるのかな?

「どうしました祐介くん?」

「え? あ、いや、なんでもないです! あはは……」

「?」

 危ない危ない……。変な妄想にどっぷりと浸かってしまうところだった。

 那月さんと付き合えるわけないし、俺の心もまだ恋したいって気持ちにはなってないし……これ以上は考えないようにしないと。

「じゃ、行ってきます」

「はい。気をつけてくださいね」

 那月さんが笑顔で手を振る中、俺は玄関を開けて外に出た。

 よし! 今日も授業頑張るぞ!

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