第47話 よぎっちゃうんですよね
「休憩お願いしまーす」
やっと休憩時間となり、俺は早く那月さんの弁当を食べたくてスタッフルームに向かう。
「私も休憩だから一緒に行こう祐介くん」
そんな俺の背中を追いかけてマユさんもやってきた。同じ休憩時間だったか。
「いいですよ。行きましょう」
そんなこんなで、マユさんのおすすめアニメの話を聞きながら歩いた。
「は~相変わらず那月さんの作るお弁当は美味しそうだね」
「実際めちゃくちゃ美味いですよ」
俺が持ってきた那月さんのお手製弁当を見て、マユさんは簡単の声を漏らしていた。実際マジで美味いからそう返答するしかない。
「てか、マユさんはまたパンですか?」
「最近まで似たような感じだった祐介くんには言われたくないね」
「う……」
迂闊……。ブーメランが返ってきてしまった。
「祐介くんは本当に、那月さんに感謝しないといけないよ」
「感謝してますし毎日お礼も言ってますよ」
自分もバイトをしているのに、家事全般をこなしてくれて、なおかつこんな美味しい弁当まで作ってもらって感謝しないやつなんているのか……いたな。那月さんの元カレどもという奴らが。
「あれ? どうしたんだい祐介くん? 急に不機嫌な顔をして」
「いえ。那月さんの元カレのことを考えてただけです」
俺の家に来るまで、那月さんは変わらずに元カレのために頑張ってきたはずなのに、それを当たり前と思い感謝のひとつもしないことに苛立ちを覚えていた。
食事時にこんな気分になったら、せっかくの那月さんの弁当を味わえないから気持ちを切り替えよう。
俺は一度大きく息を吐いて、箸で卵焼きを掴み、それを口に運ぶ。
「うまぁ……」
何度も食べても那月さんの料理は最高だ。
「一瞬で顔が緩んだ!」
「それだけ美味いってことですよ」
一度口にすると毎回箸が止まらなくなる。それほどに那月さんの料理は美味しい。
俺はそれからも、黙々と那月さんが作ってくれた料理をぱくぱくと口に運ぶ。
「……ねえ、祐介くん」
「はい?」
その最中、対面に座っていたマユさんの声が聞こえた。
いつものからかう様な感じではなく、なんか真面目な声音だったので少しびっくりしつつ、俺は箸を止めてマユさんを見る。声音もそうだったけど、表情も真面目……というかどこか俺を心配するような、そんな風にも見えた。
「那月さんと一緒に暮らしてて、本当に何も思わないの?」
「何もとはなんですか?」
抽象的すぎてなんのことを言っているのかが掴めない。
感謝はしてる。毎日家事をやってくれて、一日三食美味しいご飯を作ってくれてるのだから。
そしていつも俺に綺麗で可愛い笑顔を向けてくれる。
おまけに那月さん自身もバイトをしてくれてる……感謝しないところがない。
だけど、マユさんが言ってるのはそういうことではないというのはなんとなく理解していた。
「あんなに綺麗な人と一緒にいて、恋愛感情は湧かないの?」
「……」
予想はしていたけど……やっぱりな。
マユさんは俺の地元でのエピソードを話した数少ない人だ。普段はからかったりいじってきたりするけど、俺の話を真剣に聞いて怒ってくれた、とても優しい人だ。
だからこうやって、今も俺が誰かと付き合いたい、恋愛する気になったのかを心配してくれる。
それはとてもありがたいし、マユさんみたいな人と知り合えたのは一つの幸運だと思ってる。だけど……。
「そうですね。付き合いたいとは思ってないです」
それでも俺の気持ちは変わらない。誰かと付き合ってみたいとはまだ思えないんだ。
「そっか……」
マユさんがパンを持つ手に力を入れ、パンを包んでいるビニールがカサっと音を立てる。
「マユさんには言いましたけど、那月さんは俺のタイプな女性です。そんな人の笑顔を毎日見てドキドキしてるのは本当です。家事全般が得意で、俺にとって那月さんはまさに理想の女性なのはわかってます。この人と付き合えたら、きっと毎日がもっと楽しくなるんだろうなって……。でも、そこまで考えると、よぎっちゃうんですよね……『振られ神』と言われはじめた頃のことを」
初めて告白して振られて、俺の告白を偶然見ていたクラスメイトと陽キャ女子から『振られ神』と言われ、それからの散々な、デタラメな噂を流されたトラウマが掘り起こされてしまうんだ。
那月さんがそんなことをしないっていうのはもちろんわかってる。頭ではわかってるんだけど心がどうしても一歩を歩ませてくれない。
今は那月さんに恋愛感情を抱いていないからいいんだけど、いつか来るのだろうか? 那月さんを好きになる日が……。
そうしたら、俺は……。
「ごめん……」
「謝らないでくださいよ。俺を心配してくれてるってわかってますから。ありがとうございますマユさん」
急にしおらしくなるなんてマユさんらしくないしな。いつものように俺に絡んできていじってくるのがマユさんだ。
「……ふふ、祐介くんに慰められるなんてね。ありがとう祐介くん。代わりに祐介くんに好きな人ができたら全力で応援、サポートをするからその時はお姉さんに言うんだよ」
「いつになるかわかりませんし、言うかもわかりませんがそのときはお願いします」
「祐介くんはきっと言ってくれると信じてるよ」
それからはマユさんもいつも通りのテンションになり、二人して昼食を食べ終え、午後からのバイトにも精を出した。
マユさん……さっき言った『好きな人』ってやっぱり那月さんのことを言ってるのかな?
いやいや、仮に那月さんを好きになっても、振り向いてくれないだろうしな。
やっぱりマユさんにその手のことを相談するのはまだまだ先になりそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます