第44話 その普通が嬉しいんです

「……」

 学校、そしてバイトが終わり、今は那月さんと一緒に、那月さんが作ってくれた夕食を食べているんだけど、どうにも落ち着かない。その理由は……。

「……っ」

 俺の視線に気がついたのか、サッと目を逸らす那月さん。

 そう……実は夕食を食べ始めてから、那月さんがこうやって俺をチラチラ、たまにじーっと見つめてくるのだ。

 俺、何かしたかな? 今朝は普通だったし、いきなりこんなに見られたら色んな意味で落ち着かない。

 それにいつもなら楽しくおしゃべりをしながら食べるのだが、今日は俺を見てくるので会話はない。だから余計に落ち着かない。

 俺の顔だけじゃなくて、身体や手なんかも見ている那月さん。マジでどうしたんだろう?

 まさか、『振られ神』と言われていたことがバレたのか!?

 でもこのことを知ってるのは、こっちではマユさんと司、そして椿さんしか知らないはず。喋るとしたら那月さんと面識のあるマユさんしかいないが、あの人は人が本気で嫌がることは絶対にしない人だからなぁ……。

「…………」

 なんて考えてる間も、那月さんは俺を見てくる。めちゃくちゃ綺麗でどタイプな人にここまで見られると箸の進みも鈍くなってしまう。那月さんもあまり食が進んでないし。

「……あの、那月さん?」

 落ち着かなくてとうとう那月さんに声をかけてしまった。

「は、はい! な、なんでしょう祐介くん?」

 そんなに慌てんでも……。

「えっと……さっきから俺を見てますけど、俺、何かしましたか?」

「え!?」

「いや、なんかじーっと見たりしてるので、那月さんを怒らせることをしたのかなって……」

 今朝も笑って送り出してくれたから、そんなことはないと思うけど、やっぱり気にしてしまう。俺が気づいてないだけで、那月さんの気に触ることをいくつもしているのではないか……? 言葉にしたら変な汗が出てきた。

「ち、違います! 祐介くんは何も悪いことはしていません! むしろ、ここでの生活は本当に楽しいので……」

「そ、そうですか……」

 違っていたみたいでほっと胸をなでおろしたのと同時に、楽しいと思ってくれていることに対して嬉しくもあり、ちょっとドキドキもしている。

「なら、どうしてそんなに俺を見てくるんですか?」

「えっと、実は───」

 那月さんは眉を下げながら理由を説明してくれた。

 俺への誕生日プレゼント選びに難航していて、バイト先のマユさんの実家の喫茶店の常連であるシゲさんというご老人に相談し、俺を観察して決めたらいいのでは? とアドバイスを貰ったことを……。

「その……さすがに見すぎましたし不躾でしたよね。ごめんなさい……」

「い、いえ! 謝らないでくださいよ。その……理由聞いてめちゃくちゃ嬉しいですから……」

「ほ、本当ですか!?」

「は、はい」

 こんな美人に自分の誕生日プレゼントを真剣に悩んでくれて、嬉しくならない男なんていないだろう。

「ですが那月さん。できたら今はあまりまじまじと見てほしくないといいますか……その、食べにくいので」

 理由はめちゃくちゃ嬉しいのだけど、やっぱり那月さんのような美人に見られるのは落ち着かないので、せめて食事中はいつも通り接してほしい。

「そ、そうですよね。ごめんなさい私ったら……」

「いえ、お気になさらす。ありがとうございます那月さん」

 誕生日を祝ってくれるだけでもありがたいのに、その上プレゼントまでくれるときた。さらにさらにその夜は一緒にお酒を飲む約束をしてるし……これでお礼を言わないなんてバチが当たる。まだ数日先とはいえ、機会があればお礼を言うし、当日もプレゼントを貰ったらもちろん言う。

「お礼なんて……いつもお世話になってる祐介くんにお誕生日プレゼントを贈るのは普通のことですから」

「その普通が嬉しいんです。だから、ありがとうございます那月さん」

「っ、……はい。ふふ」

「あはは」

 那月さんがここで暮らし始めて半月が過ぎたけど、那月さんは自然と笑えるようになっている。もう元カレのことは頭の片隅のさらに片隅にでも追いやられたのかな? だとすると、那月さんの役に立てて嬉しい。

 那月さんが新しい恋に一歩を踏み出す日も、もしかしたらそんなに遠くないのかもしれないな。

 那月さんがここから出ていく日が近いかもしれない……。そう思うと、なぜか俺の心にぽっかりと穴が開きそうだったので、俺は無理やりその考えをやめた。

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