第43話 前借りさせてはもらえないでしょうか!

「あの……勇さん、優美さん!」

 バイトがもうすぐ終わる午後三時五十分。

 お客様も引き、フロアの清掃を一通りすませた私は、洗い物をしている勇さんと優美さんに声をかけた。

「あら、どうしたの那月ちゃん?」

「少し、お願いしたいことがあるのですが……」

「お願い?」

「どうしたんだい那月さん? そんなに改まって」

「はい。その……働きはじめたばかりでこんなお願いをするのはすごく申し訳ないと思っているのですが……お給料、前借りさせてはもらえないでしょうか!」

 私は思いっきり頭を下げた。

 ポニーテールにしているライトブラウンの髪が肩から下がる。

「男の子と同居する前のことは聞いたけど、那月ちゃん、それほど生活に困ってるの?」

「いえ、その……生活自体に困ってるわけではないのですが、彼……祐介くんの誕生日がもうすぐで、それで……」

「その子のために誕生日プレゼントを贈りたいから給料を前借りさせてほしいってことね?」

「はい……」

 そこまで高価な物を贈ろうとは思ってないけど、やっぱりお酒ともう一つプレゼントを買うとなるとそれなりの額は必要になってくる。

 私を助けてくれた祐介くんの二十歳の誕生日……お祝いも、プレゼントも、妥協したくない!

「あなた、どうする?」

「いいんじゃないか?」

「え? ……ええ!?」

 そ、そんなにあっさり……いいの!?

「ん? どうした那月さん?」

「い、いえ! その、てっきりダメだって言われて怒られる想像をしていたので……」

 いくら仁科夫妻が優しいといっても、まだ仕事を全て覚えきれていない私が給料を前借りなんて出来るはずないって思ってて、優美さんも勇さんもきっとおかんむりになるとばかり思ってたから、あっさりOKが貰えそうなこの状況にただ驚いている。

「ははっ、那月さんが適当な理由で頼んできたら怒ったかもね」

「でも那月ちゃんは、一緒に住んでる男の子のために誕生日プレゼントを贈りたいって思ってるのよね?」

「そうですね。もしあの時、祐介くんに声をかけてもらえなかったら、今こうして笑えていなかったでしょうし……だからそんな恩人の祐介くんのお誕生日にどうしてもプレゼントをあげたいんです! だから……」

「那月さんのこっちで生活するまでの経緯は聞いたから、簡単に言っていいかわからないけど、那月さんの苦労もわかる。給料を早く渡すから、その祐介くんにプレゼントを買ってあげなさい」

「っ! ……ありがとうございます。勇さん、優美さん! このご恩は忘れません!」

 私はおふたりに深々と頭を下げた。無茶なお願いを嫌な顔一つしないで受け入れてくれた勇さんと優美さんに文字通り頭が上がらない。

「あはは。那月さんは大袈裟だなぁ」

「そうよ。そんなにお礼を言わなくていいから、祐介くんが忘れられなくなるほどの誕生日……そしてプレゼントを選んじゃって」

「はい! これからもお仕事頑張りますので、よろしくお願いします!」

「ええ。こちらこそ」

「頼りにしてるよ。那月さん」

 そうして私のバイト上がりに、勇さんが私のお給料が入った封筒を手渡してくれて、私はそれを両手で受け取った。

 これで生活水準を落とさず、祐介くんに迷惑をかけることなくプレゼント選びができる!

 あとはお昼にシゲさんが言ったように、祐介くんを観察してプレゼントを選ぶだけ。

 ふふ、ちょっとワクワクしてきちゃった。

「あ、そうだわ。那月ちゃん」

「はい?」

 私が帰ろうとしたら、後ろから優美さんに声をかけられた。

 振り向くと、優美さんがにこにこしながら私に近づいてきて、そのまま私の耳に顔を近づけてきた。

「いつでもいいから、今度その祐介くんをうちに連れてきてもらえないかしら?」

「え? ……ええ!?」

 祐介くんを、ここに?

 それってつまり、祐介くんに私のお仕事している様子を見せるということ……?

「困っていた那月ちゃんを助けて、一緒に生活しているその子のことが気になっちゃって。いつでもいいから、ね?」

 うう……お給料を前借りした手前、断れない。

 多分私が断ったらそのまま受け入れるとは思うけど、やっぱり断れない。

「そ、そのうちということで」

 私は優美さんのお願いを聞き入れた。いつになるかわからないというのを付け足して。

「ありがとう那月ちゃん!」

 私が受け入れたのが嬉しかったのか、優美さんは満面の笑みを見せた。すっごい綺麗……。

 それから私はお店を出て駅に向かって歩き出した。

 う~ん……。祐介くんをいつ連れてくるか悩む。

 でもそれはおいおい考えよう。

 まずは祐介くんの誕生日プレゼントを何にするかを考えなくちゃ!

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