第40話 見せません!
「ところで那月さん。バイトの面接はどうでした?」
夕食を少し食べたところで、俺は今日ずっと気になっていたことを聞いた。
那月さんの性格上、バイトの面接で落とされることはありえないが、やはり気になるものは気になる。マユさんのご両親はいい人だと聞いているけど、おふたりと良好な人間関係が築いていけるのかとか、心配は尽きなかった。
那月さんは年上で、俺よりもはるかにしっかりしている大人のおねえさんだから、『振られ神』の俺がこんなオカンみたいな心配をすること自体おこがましいのはわかっているけど、やっぱり気になってしまうのだから仕方がない。
そしてそんな那月さんは、なんか難しい顔をしていた。
え? まさか不合格……とか?
「それが、面接せずに即採用になりました」
「……え?」
直前に嫌な想像をしていたので、俺のリアクションはなんとも薄いものになってしまった。
つまりは、那月さんを一目見ただけで『この人は大丈夫』と判断されたってことか? すげーな那月さん。さすがとしか言えないわ。
「おめでとうございます!」
「ありがとうございます祐介くん」
「それにしても、さすが那月さん。面接なしで受かってしまうとは」
「いえ、実は真夕さんが私のことをご両親にお話してくれていたので、それで面接しなくても採用してくれたんです」
「あ、なるほど……」
マユさんが自分のご両親に、一体どんなことを言ったのかは気になるけど、きっといい捉え方が出来るように伝えてくれたんだろうな。というか、那月さんに欠点がないから、仮にネガキャンしようとしても出来ないだろうな。
「それで、早速明日から出勤になりました」
「明日ですか?」
「はい。早く業務やお店のことを覚えて、おふたりのお役に立ちたいですから」
仕事を早く覚えて一人前にならないと、いつまでもマユさんのご両親に頼りっきりになっちゃうもんな。那月さんは要領がいいから、きっとすぐに覚えるだろうな。
「頑張ってくださいね那月さん」
「はい! ありがとうございます祐介くん」
「それで、何時までのシフトなんですか?」
「十時から夕方の四時までになってますので、これまで通り、朝食にお弁当、そしてお夕食も作る時間はあります」
「俺はありがたいですが、無理だけはしないでくださいね」
「わかってます。お気遣いありがとうございます」
そう言って、那月さんはにこっと微笑んだ。
喫茶店はモーニングもやってるところもあるけど、マユさんの実家はどうなんだろう? それとも那月さんのことを考えてくれて、余裕を持たせてくれているのかもしれない。
那月さんの話を聞く限り、マユさんのご両親も優しそうだし、福利厚生もしっかりしてそうだしで、これは那月さんも働きやすいだろうな。
あ、そうだ。もうひとつ気になっていたことがあったんだ。月曜日にも那月さんから話したし、聞いてみようかな。
「それで那月さん。制服の件はどうなりました?」
俺が気になっていたこと、それは那月さんが何を着て接客をするかということ。
これだけの美貌を持っている那月さんがマジでメイド服を着て接客なんかしたら、あっという間に男どもが群がってきそうだ。
逆にカマーベストを着たら、男も来そうだが女性が多くなりそう。初めて那月さんを見た時にしていたあのメイクをして、ライトブラウンの美しい髪を後ろで束ねたら、すごいイケメンが誕生しそうだ。
「制服ですか?」
「はい。どっちになったのか気になりまして……」
メイド服は見たい。けど男どもが気になるからあまり着てほしくない……って、なんで俺はこんな彼氏目線で考えてんだ!?
那月さんも早く言ってください。すごくドキドキするんだから。
「実は……」
「……(ごくっ)」
「……両方貸していただけることになりました!」
「……え?」
那月さんが自分で手をパチパチと鳴らしてセルフ拍手をして盛り上がっているのに対し、俺はなんともうっすいリアクションだった。
え? 両方? どちらか一方じゃないとダメとかじゃなかったのか……。
「あれ? どうしました祐介くん?」
「え? ああ、いや、なんでもないですよ」
「ん~……?」
那月さんは俺の返答を怪しんでいるのか、ジト~っとした目で俺を見てくる。今日は酔ってないよな? お酒呑んでないし。
「あ、あの……那月さん?」
「もしかして祐介くん、『メイド服だけじゃないんだ』……なんて思ってますか?」
ま、マジか……当てられてしまった。そんなに顔に出てたか俺!?
「え!? ち、違いますよ! 何言ってるんですか!」
「ふふっ、祐介くんは嘘が下手ですね」
那月さんは軽く握った拳で口を隠し、くすくすと笑っている。可愛いなこのおねえさん。
というか、ここまで見透かされているのなら、今更隠しても意味はないか……。
「はぁ……那月さんには敵わないなぁ。そうですね。そう思いました」
「正直に話してくれてありがとうございます」
那月さんは俺の目を見て微笑んだ。毎日この人の笑顔を見て、毎回ドキッとしている気がするけど慣れる気配がない。もしかしたら那月さんがここで生活するあいだ、慣れることはないのかもしれない……。
それから那月さんは「実は……」と言って言葉を続けた。
「真夕さんのお母様の優美さんから、悩んでる私を見かねて衣装を二つとも貸していただけることになったんですよ」
那月さんは「あはは……」と苦笑いをした。
那月さんがそこまで悩んだ仕事で着る服か……。どちらも絶対に似合うのは間違いないだろうから、ちょっと見てみたい気もするな。
「なるほど……。ちなみに那月さんはどちらを着て接客するんですか?」
「カマーベストがメインになると思います。メイド服は……」
「メイド服は?」
那月さんの言葉の続きを待っているのだけど、那月さんは続きを言ってくれない。なんだ? そこで止められるとすごく気になるのだが……。
あ、那月さんの頬がみるみる赤くなっていってる。一体何を考えているんだ?
「……ません」
ようやく那月さんの声が聞こえたと思ったら、その声は弱々しくてとても全部を聞き取れるほどの声量ではなかった。俯いてるし。
「え?」
「ゆ、祐介くんにはメイド服は見せません!」
「えぇ!?」
那月さんにそう言い切られてしまって少しショックを受ける俺。そもそも、なんで俺限定なんだ?
那月さんの顔を見ると、さっきよりも赤みが増した頬をしてぷるぷると震えていた。
「な、なんでですか!?」
「なんでも、です!」
これはどうやってもワケを話してくれないと思った俺はそれ以上聞くのをやめた。
人には言えないことの一つや二つは誰にだってあるもんな。無理に詮索するのはマナー違反だ。
それに那月さんはただの同居人。過度にプライベートに首を突っ込むものでもないしな。
……にしても、なんで俺限定だったんだ?
那月さんもああ言ってるし、こりゃ諦めた方がいいな。……見たかったなぁ。
それからはいつものように楽しくお話をしながら夕食を楽しんだ。
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