第37話 由々しき事態です

『みんなおまたせー』

 優美さんの声がフロアから聞こえてくる。

 私は今、フロアと廊下を繋ぐドアの前に立っている。その理由は、優美さんに『ここで少し待ってて』と言われたからなんだけど、どうしてなのかな?

『あれ? 母さん、九条さんは?』

 私はここですよ仁科さん。

『那月ちゃんは扉の向こうにいるわ。私の想像よりもはるかに似合いすぎていたからあっちで待っててもらってるわ』

 え? そんなに似合ってるのかな? 自分ではいまいちわからないし、はじめてメイド服を着たから緊張の方が強い。

『そんなに!? やっぱり私の目に狂いはなかったようだね……』

 仁科さん……なんで声を低くしてそんなモノローグ調に喋ってるの?

『そんなに似合ってるのなら俺も早く見てみたいな』

『ふむ……わしも年甲斐もなくわくわくしておるよ』

 男性陣の勇さんとシゲさんも、優美さんの一言で完全に興味を示している。というか、ちょっとハードルが上がりすぎじゃない!? いくら私が年齢より幼く見えるといっても、二十代中頃の女のメイド服にそれほどの興味を持つものなのかな?

『みんな待ちきれないみたいだし、那月ちゃん。入ってきて』

「は、はい!」

 私は優美さんの合図に心臓が大きく跳ね、声も上擦ってしまった。い、いよいよ三人にお披露目だ……。

 ここで三人に『あまり似合ってない』、『微妙』の判定をもらえば、カマーベストで働けるから、早く見せて早く終わらせよう。

 私はまだうるさい心臓を落ち着けさせるために、一度深呼吸をする。そして───

「し、失礼します」

 緊張で少し震える手でドアノブを掴み、そしてドアを開けた。

 ゆっくりゆっくりと前に進む私、だけど顔は下を向いていた。やっぱり見られてると思うとちょっと恥ずかしいから。

 仁科さん親子のそばまで移動して、私は顔をゆっくりと上げた。

「えっと、どうでしょう……え?」

 私は御三方を見て少しびっくりした。

 優美さんは私を見てにこにこしているし、勇さんと仁科……真夕さんは口を開けてぽかんとしている。

 勇さんはそれだけなんだけど、真夕さんはぽかんとしたまま、さっきの札を上げていた。しかもその札に描かれているのは『〇』ではなく『◎』だった。

「あ、あのシゲさん。みなさんはどうして……って、シゲさんまで!?」

 シゲさんも真夕さんと同じく『◎』が描かれた札を私に見せていた。

「……これは想像以上じゃ。わしの婆さんの上をいっておる」

「い、いや、それは少々大袈裟なのでは……」

 シゲさんの奥さんがどんな方なのかはわからないけど、シゲさんが伴侶として選んだ奥さんの上をいくなんてないと思うな。

「大袈裟なんかじゃないですよ!」

「うわぁ!」

 固まっていた真夕さんが大声をあげて思わずビクッてなってしまった。お客さんがシゲさんしかいなくてよかったかも。

「えっと、どうしました真夕さん」

「『どうしました?』じゃないですよ九条さん! これは由々しき事態です!」

 え? 由々しき事態? どういうこと!?

「私は確かに九条さんはメイド服が似合うと言いましたが、私の想像していたのを軽々と飛び越えていく圧巻のクオリティ……一見シンプルで、特徴といえばそのリボンくらいしかない普通のクラシカルなメイド服なのに、それをここまで見事に着こなしてしまうとは……。いや、九条さんは髪こそ明るいけど清楚でめちゃ美人なお姉さんだからこそ、シンプルなメイド服とのコントラストは完璧で見事なのかもしれな……あれ? 九条さん今、私のこと『真夕さん』って言いました?」

「遅いですよ!」

 メイド服の感想をすごく饒舌に語るものだから、気づいてないのかなって思ったけどちゃんと聞こえてたみたい。というか褒められすぎて顔が熱い。

「おお! ようやく私も九条さんに名前で呼ばれた! やったー!」

「こ、ここには『仁科さん』がいっぱいいますので……」

 ここで真夕さんを『仁科さん』呼びしていたら、優美さんや勇さんも私に呼ばれたと思っちゃいそうだしね。

 それにしても、そんなに嬉しいものなのかな?

「じゃあじゃあ、私も『那月さん』とお呼びしてもいいですか?」

「もちろんいいですよ」

「やった! これからもよろしくです那月さん」

「こちらこそ。真夕さん」

 私も嬉しくなって自然と満面の笑みを見せたんだけど、その瞬間、真夕さんに「うわ可愛い!」って言われてしまい、またしても照れてしまった。

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