第33話 働き口を探そうと思ってまして……
「ありがとうございます。それで、もうひとつ聞きたいことがあるのですが……」
「次も祐介くん絡みですか?」
「こ、今度は違います……」
あれ? 私って祐介くんのことばっかり聞いちゃってる? でも実際、私と仁科さんの共通の話題は祐介くんのことくらいしかないからなぁ。
「えっと、実は私、働き口を探そうと思ってまして」
「働き口?」
「はい。それで、どこかいいところはないかと思いまして……」
求人広告を見ただけなら、実際の職場の環境なんかはわからないけど、知り合いに教えてもらうところだったら、働きやすくて人間関係も良好な職場を紹介してくれる可能性は高いよね。
その仁科さんは、少しだけ思案して、ポンと手を打った。いいところがあるのかな!?
「それでしたら、うちの両親が経営している喫茶店なんてどうでしょう?」
「喫茶店、ですか?」
接客業は短期だけどやったことあるけど、喫茶店ではなかった。コーヒーの銘柄とかを覚えるのがちょっと大変そうってイメージがある。
「はい。店舗兼自宅の喫茶店で、落ち着いた感じの店内に、お客さんもいい人ばかりなので、きっと九条さんも気にいると思います」
「店舗兼自宅ということは、仁科さんのご実家なのですか?」
「まぁ、そういうことになりますね」
仁科さんは頬をポリポリとかいている。
「それに、両親だけで経営してるんですが、年齢のせいか最近は「誰か人を雇おうか」ってボヤいてるみたいなので」
「なるほど。ちなみに仁科さんはご実家で働こうとは思わなかったんですか?」
「いやぁ、落ち着いた雰囲気とあのヒラヒラした制服がどうも苦手で……カマーベストもあるんですが」
ヒラヒラした制服ってどんなのだろう? 私、似合うのかな?
「なら仁科さんもカマーベストを着たらいいのではないですか?」
ショートヘアが似合う美人な仁科さんがカマーベストを着たら絶対に似合うと思うけど……。
「「女の子なんだからこっちを着ろ」と言われまして。それに、今のバイト先も楽しくて気に入っているので、実家で働く気は今のところないですね」
「な、なるほど」
確かに仁科さんはけっこう賑やかな人だからなぁ。振り回されることもあるけど嫌いじゃない。
「それで、ヒラヒラした制服というのは?」
「そうですね。一言で言えばメイド服って言葉が一番しっくりくると思います」
「メイド服ですか!?」
え? 仁科さんのご実家はメイド喫茶を経営してるの!?
あれ? でも仁科さんのご両親しかいないって言ってたし……。
「メイド服と言ってもクラシカルなやつですよ。変に露出してるやつではないので安心してください」
「そうなんですか!? ちょっとホッとしました。ですが、私がメイド服って……似合わないんじゃ」
明るめの茶髪だし、ね、年齢的に大丈夫かな?
「いやいや、九条さんは絶対に似合いますって! メイド服って黒髪のイメージが強いですが、茶髪のクラシカルメイドはレアだしレア故に需要あります! それに九条さんはどちらかと言えば清楚系なので、九条さんは絶対に似合います! いや、九条さんほどメイド服が似合う茶髪美人はいないですよ!」
「そ、そうですかね?」
「そうです!」
仁科さん、すごく饒舌に喋るなぁ。
あれ? でも待って。
「なら、仁科さんのお母様もそのメイド服を着て仕事をしているんですか?」
年齢で決めつけるわけではないけど、仁科さんって綺麗な人だから、きっとお母様も美人さんだと思うし、その制服も似合うんだろうなぁ。
「いえ、母は父と同じでカマーベストです」
「なんで!?」
思わず素でツッコミを入れてしまった。
え? じゃあ私もカマーベストでよくない!?
「お! いいですねそのツッコミ。というか、九条さん年上なんですからタメ口で話してくださいよ」
「その人と接するのが本当に慣れた時にしかタメ口にならないんです。祐介くんにだってまだ敬語なんですから」
「なるほど……まだ好感度が足りないわけですね」
「そ、そういうことにしておいて下さい」
それにしてもどうしよう。せっかく紹介してくれそうな雰囲気だから、ちょっと行ってみたい気もあるんだけど、メイド服かぁ。
ちょっとどうにかならないのか聞いてみようかな?
「仁科さん。私もカマーベストで仕事をするわけにはいかないんですか?」
「それは私の両親が決めることですから、私に言われてもなんとも……」
「ですよね」
やっぱり直接ご両親に言わないとダメだよね。
「ですが、今のナチュラルメイクの可愛い九条さんなら、絶対にメイド服が似合いますよ。祐介くんも絶対に見たらドキドキするはずです」
「な、なんでそこで祐介くんが出てくるんですか!?」
「見せたくないんですか?」
「ゆ、祐介くんがどうしても見たいと言ったら……やぶさかでないですけど」
私は祐介くんにメイド服姿を見られた場面を想像してしまい、ちょっと照れてしまって、だんだんと声が小さくなり、ゆるふわウェーブのライトブラウンの髪を指でくるくるといじりだす。
だ、大丈夫かな? 祐介くんに「キツい」とか言われたらショックだよ。
「うわ可愛い! 九条さんは照れるとそんな仕草をするんですね」
「も、もう! 仁科さん!」
私って、仁科さんにあんまり年上と認識されてないんじゃ……。それとも、親しい人にはこうなのかな?
「あはは。すみません。それでどうします? もし興味があるのでしたら私から両親に話を通しておきますけど」
メイド服なのは気になるけど、落ち着いた雰囲気でお客さんもいい人ばかりというのは魅力的だよね。
うん。ちょっと見てみたいし、お願いしよう。
「じゃあ、お願いしていいですか?」
「もちろんです。九条さんっていつが都合いいですか?」
「いつでも大丈夫ですよ」
「わかりました。なら、私の次の休みが木曜日なので、その日のお昼すぎでいいですか?」
「はい。よろしくお願いします仁科さん」
「きっと両親も喜びます」
まだ正式に働くと決めたわけではないけど、どんなところなのかを考えると、ちょっとわくわくしてきた。
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