第30話 えらい!

「ところで祐介」

 弁当を食べ終え、教室には戻らずにラウンジで二人とおしゃべりをしていると、司が俺を呼んだ。何やら真剣な顔をしている。

「なんだよ?」

「なんでお前、その人に声をかけたんだ?」

「え?」

「いや、別にそれを悪いとは思ってない。だけど、俺たちはお前の過去を聞いていて、『恋愛には懲りた』って何度も聞いてたから、祐介が自分から助けにいったのにも、そして同居することも意外でな」

「私もそれは思ってた。ナンパから助けた祐くんの行動はすごくてかっこいいけど、いつもの祐くんならそれでさよならしてもおかしくなかったのに……」

 そこも気になるよな。

 俺は二人に自分の過去を話してるからこそ、こっちに越してきてからの一年と少しのあいだ、椿さん以外の女性とは自分から話にいかなかったのも知っている。マユさんは例外だけど。

 そんな俺が自分から那月さんをうちに招いたのも、同居の提案を受け入れたのも、二人にとったら信じられないよな。

 この一年、俺のことを気遣って一緒にいてくれた二人には、隠し事はしたくないし、那月さんの過去にあまり触れない程度で話してもいいかもな。

「なんか、ほっとけなかったんだよな。那月さんのこと───」

 さっきはざっくりとだったけど、今度は俺がその時何を感じたのかをちょっと詳しく説明した。

 恋愛で傷ついた那月さんが俺と似ていたから、一人でネカフェに泊まったら、変な客にまた絡まれそうだったから、那月さんの心の傷を少しでも癒してあげられたらって思った、などなど……。

「「……」」

「恋愛経験ゼロの俺が、那月さんの心を癒せるかはわからないけどな」

 俺は少し苦笑いをして、説明を締めくくった。

「えらい!」

 すると、椿さんが立ち上がって叫んだ。

「うおっ!」

「おまっ、いきなり大声出すなよ」

「だって! 普通そんな美人を家に招いたら、男なんて大概ワンチャン狙ってオオカミになっちゃうヤツばっかだよ!? なのに祐くんはそんな気も起こさずに、ただ純粋にその那月さんって人を心配して家にあげて一緒に暮らしはじめたんだよ!? これをえらいと言わず、なにに対してえらいって言えばいいの!?」

「いや、ボランティアしたり、美化活動や道を聞かれて教えてあげたりとか、なんでもいいから善行した人に言えるんじゃ……それに、純粋な気持ちかはわからないし」

「どういうこと?」

「確かに那月さんが困ってたから声をかけたし、同居してるけど、那月さんは美人で可愛くてめちゃくちゃ優しいから、恋愛感情はないけど毎日ドキドキしてるっていうか……」

 那月さんが純粋にタイプな女性ってのもあるんけど、そうでなくてもあれだけの美人に笑顔と優しい言葉をかけられて、ドキドキしない男なんていないと思う。

 椿さんが大好きな司だって、あの笑顔を見たらきっとドキッてなるはずだよ。


「お前、あのこと言ったのか?」

「いや」

『あのこと』が、『振られ神』のことだとは容易に察することが出来たから、俺はすぐに首を横に振った。

「言ってないんだね。祐くんの口ぶりから、言って何かが変わるって人でもなさそうなのに」

「それは、俺も思うよ。でも別に教えなくてもいいでしょ。突然、「俺、実は『振られ神』って呼ばれていたんです」って言われたら、那月さんもどう反応していいかわからないだろうし」

 そう。無理に教える必要はないんだ。那月さんだって、同居人のそんなエピソードを聞いても面白くないだろうしな。

「それにしても祐くんの昔の同級生は無責任なことするよね。あだ名もそうだけど、噂も全くのデタラメじゃん。じゃなかったらこっちに来てつーくんと付き合えてないし、ましてや同棲出来るわけないのにね~」

「なー」

 顔を見合せてにこにこするカップル。本当に仲がいいな。

 この二人が付き合いだしたのは去年からで、俺と司が話している時に割って入った椿さん……司に好意があって俺たちに近づいたと知ったのは二人が付き合いだしてからだったのだが、付き合いだしてからもこの二人は俺との時間も大切にしてくれる、かけがえのない友達だ。

「まぁ、その那月さんともまだ付き合いは浅いんだ。今無理に伝える必要もないだろう。もっと時間をかけて、然るべき時が来たら祐介の口から言えばいいさ」

「ありがとう司、椿さんも」

「いーのいーの、気にしないで。そんなことより、祐くんはいつになったら私のことも『椿』って呼んでくれるの?」

 またそれか。

 椿さんはこのとおりめちゃくちゃフランクな人だ。友達になった時から『椿でいいよ』と言ってくれていたけど、まだ俺には越えられないハードルだ。

「いや、そもそも友達の彼女を呼び捨てって……」

「俺は別に気にしないけどな。祐介は信用できるし」

「ね~」

「まぁ、おいおい……ね」

「ぶ~ぶ~」

 そんなに頬をふくらませてブーイングしなくても。

 俺は内心で苦笑いをして、残りの昼休みも二人と楽しい時間を過ごした。

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