第29話 はじめてじゃないか?
午前の授業が終わり、今は昼休み。
俺は友達と三人で教室を離れ、この建物の最上階にあるラウンジに来ていた。
「あれ? 祐介、お前が弁当を持ってくるなんてはじめてじゃないか?」
そう言ったのは、俺の対面に座っている友達の
気さくなやつで、入学当初から話しかけてきて、今ではこの学校で一番仲のいい友人だ。
「ねー祐くん! それって自分でつくったの!?」
そして俺を「祐くん」と呼んだ、司の隣に座る赤みがかった長い髪が特徴的な美女、
まぁ、見ての通りカップルな二人なんだが、俺はよくこの二人と一緒にいることが多い。
別に二人の邪魔をしているわけではなく、この二人の方が俺によく絡んでくるんだ。
理由は……俺の過去を知っているから、俺が去年二人に話して、それで必要以上に気にかけてくれる。
もちろん嬉しいのだけど、もっと二人の時間を大事にしてほしいと思わなくもないし、俺もそれとなく言ったことがあるのだが、二人は一緒に暮らしているから、そんな気遣いは不要だと言った。
きっと学校外ではめちゃくちゃイチャイチャしてるんだろうな。
おっと、そんなことはさておき、今はこの二人の疑問に答えなくてはだが、信じてくれるのかな?
「えっと、実はな───」
俺は二人に、土曜日のバイトで那月さんと出会ったことと、那月さんと一緒に暮らすことになったその経緯を話した。那月さんの元カレどもの信じられない言動は、置き去りにされたこと以外は言わずに。
「「……」」
うん。やっぱり二人は言葉を失ってしまった。
こんな荒唐無稽な話、にわかには信じられないよな。
「ま、マジか……」
「てか、そいつ信じらんない! 怒ったからって普通置き去りにする!?」
少しして動き出した二人。司はやっぱり信じられないようで、椿さんは元カレに憤慨していた。
「俺も聞いた時は耳を疑ったよ。というか、信じてくれるのか?」
こんなマンガやドラマでしかありえなさそうな話、普通は嘘と疑ってもいいのに。
「え? 当たり前じゃん」
「だな。お前が女性関係でそんな嘘をつくとは思わんし、何より
司は俺の弁当を指さして言った。
俺の過去も、現実ではそう起こらないことなのに、二人はすぐに信じてくれたんだもんな。
「ありがとう司。椿さんも」
「気にすんな。友達だろ?」
「そーそー。つーくんのゆーとーり」
こっちに来て一年と少し、この二人には本当に世話になった。二人がいなかったら今でもトラウマで塞ぎ込んでいたかもしれない。
俺は二人に感謝しつつ、だし巻き玉子を掴み口に運んだ。
「うまぁ……」
那月さんが作った料理は冷めてもめちゃくちゃ美味い。
「なぁ祐介。そんなに美味しいのか?」
「うん。めちゃくちゃ美味い。……よかったら、食べる?」
「いいのか!?」
司の目の色が変わった。
俺が本当に美味しそうに食べているから、より弁当に興味が湧いたんだろう。
二人にはマジで助けられたし、喜んでくれるなら俺は進んでおかずをシェアする。
もしも那月さんが俺の恋人だったら弁当を独占するかもしれないが、そんな期待はしてないし、俺も恋愛感情はないしな。
それよりも、那月さんの料理の美味しさを気のおける友達と分かち合いたい。
「祐くん! 私も食べていい!?」
「もちろん。どうぞ」
俺がそう言うと、二人は残っていた二つのだし巻き玉子を一つずつ箸でつかみ、口に運んだ。
「うま! なんだこれ!?」
「甘さが絶妙で……こんなに美味しいの食べたことないよ!」
「だろ?」
那月さんの料理を褒められると、なんだか嬉しい。
「なあなあ祐介。その人の写真とかないのか?」
「あ、私もどんな人か見たい! あったら見せてよ」
だし巻き玉子を食べた二人の興味は、俺の弁当から那月さん本人へと変わった。
俺の過去を知っている二人……そんな二人が、俺が同居を許した女性が気になるのは当然か。だけど……。
「悪い。写真はないんだ」
写真なんて撮ってるわけない。ただの同居人がいきなり「写真を撮らせてくれ」なんて言ったら那月さんは警戒するだろうし、那月さんを怖がらせるようなマネはしたくないしな。
「そっかー残念」
「ないんじゃ仕方ないな。ちなみに美人なのか?」
「うん。めちゃくちゃ美人だよ」
那月さんは誰が見ても美人と答えるほど綺麗な人だ。もしも那月さんを不細工だなんて言うやつがいたら見てみた……そういや、元カレどもはすっぴんの那月さんに不細工って言ったんだっけ。やっぱり見たくないや。
「マジか! それはぜひお目にかかりた───」
「つ~く~ん?」
那月さんに興味津々の司の肩を、椿さん笑顔でががっしりと掴んでいた。その笑顔は綺麗だったけど恐ろしさもあった。
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