第3章 那月さんのバイト探し
第28話 隊長命令です
「えっと……祐介くん?」
那月さんの必要な物を色々買いに行った翌朝、リビングに入ってきた那月さんは俺を見て困惑していた。
それも無理はない。なぜなら俺は土下座をしていたから。
「那月さん! 昨夜は本当にすみませんでした!」
昨夜、リビングでくつろいでいたら、突然俺の部屋から那月さんの大きな声が聞こえてきて、なにかあったのではと思い自分の部屋に急いで駆けつけたのだが、そこにいたのはベッドに座っている那月さんだった。
それだけならよかったのだが、那月さんはなぜかパジャマのボタンを全て外していて、那月さんの細く白い胴、そしてピンクのブラと胸の谷間をバッチリと見てしまった。
すぐに逃げ出したので見たのはほんの数秒だけど、見たのは事実だし、自分の部屋とはいえ女性がいるのにいきなり開けたのはやはりよろしくなかったので、昨日の謝罪として、俺はこうして土下座をしていた。
「いえ、あれは私が勝手に───」
「だとしても! 勝手に開けて那月さんの身体を見てしまったのは事実です! 本当にすみませんでした!」
これじゃあ元カレどもと変わらない……那月さんに嫌な思いをさせてしまう最低なヤツになってしまうな。
この件で那月さんがここから出ていってしまうとしても俺には止める術はないし、もしも出ていかなくても、不用意に扉を開けたり、最悪那月さんと距離をとらないとな。那月さんに嫌な思いはさせたくないし。
俺が相変わらず土下座を続けていると、スリッパの音が二度聞こえてきた。那月さんが俺に近づいたんだ。
それから那月さんがしゃがみこむ気配がして、これはいよいよ怒られると覚悟した。
「顔を上げてください祐介くん」
「……え?」
だけど、聞こえてきたのは那月さんの優しい声音だった。
あれ? 那月さんは怒ってないのか?
俺はおそるおそる顔を上げ、那月さんの表情を見た。
「っ!」
すると、那月さんは声音通りの優しい笑みをしていて、そこに怒気なんてかけらもなかった。
「昨日のこと、私は怒ってなんかいません。むしろ嬉しかったんですよ」
「嬉しかった? な、なんで……」
あの瞬間に、那月さんが嬉しいと感じるところは一つもなかったはず。那月さんは身体を俺に見られて喜ぶ変態さんじゃないし。
「祐介くんは、私になにかあったのではないかと思って急いで来てくれたんですよね?」
「そ、それはもちろん」
むしろそれ以外になにがあるんだ?
「私を心配してくれるその優しさが、とっても嬉しかったんです。察しているかもしれませんが、そんな心配を家族以外で、一緒に暮らす男性にされたのは、初めてだったので」
マジかよ……那月さんの元カレどもは、那月さんが……自分の彼女が心配じゃなかったのか!? どれだけ自己中心的な考えなヤツらばかりだったんだ……釣った魚に餌はやらないってレベルじゃないぞ!
「で、ですが……」
「ん~……それなら、祐介くんも今から朝食を作るのを手伝ってください」
「え?」
そんなことでいいのか!?
「あ、今『そんなことでいいの?』って思いましたね?」
「う……」
どうやら思いっきり顔に出ていたみたいだ。
「これは、この家の台所を預かる私の隊長命令です。朝食とお弁当を作るので、それなりに時間を要してしまいます。祐介くんがお手伝いしてくれるのなら私としても大助かりです。ですので隊員の祐介くんは、そんな私のお手伝いをしてください」
「那月さん……」
これは、俺が引かないと思ったからこその那月さんなりの優しさなのかもしれないな。
それに、これ以上那月さんの身体を見てしまった云々の話を続けていたら、那月さんに恥ずかしい思いをさせてしまって、そっちの方が迷惑になる。
そしてこんな押し問答をしていたら時間があっという間に過ぎてしまい、俺も遅刻してしまうかもだし。
「わかりました。その隊長命令、謹んでお受けします」
「ありがとうございます。では、立って一緒に作りましょう」
「はい」
俺は那月さんと台所に入り、朝食を一緒に作った。
といっても、俺は料理ができる訳じゃないので、那月さんに言われた調味料や食材を冷蔵庫から取り出したり、昨日みたいに食器を並べたりしただけだが、それでも那月さんと他愛のないおしゃべりをしながら作業するのは、とても楽しかった。
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