第27話 どうしまし……た?
夕食の片付けを祐介くんとして、お風呂に入った私は、今日も祐介くんのベッドを借りることになり、そこに横になっていた。
「今日は楽しかったなー」
今日一日を思い返した私の口から、自然とそんな言葉が出ていた。
男の人と一緒に生活をしていて、こんな気持ちになったのはいつ以来だろう。
もしかしたら、初めてなのでは……?
ここ二、三年くらいは、誰かと付き合っていた時は、その付き合ってきた人たちの家に住んでいたけど、同棲翌日からその人たちの態度が急変して、あまり楽しいと思わなくなってしまった。
回を重ねるごとに慎重になってきたつもりだったんだけど、結局は見抜くことができなくて毎回同じ結果になっていた。
でも、祐介くんと同居を始めて二日目だけど、彼と一緒に暮らすことは楽しいと心から思う。
今までの人みたいに態度が急に変わったりすることなく、とても優しく、それでいて一歩引いて私と接してくれている。
きっとあれが祐介くんなんだ……人を気遣い、思いやる心がとても強い。
今日だって何度彼の優しさを目にしたことか。
ベッドに実際寝てる時だって、私のパンツが見えてしまわないようにジャケットを貸してくれて、お茶碗やお箸も百円ショップの物ではなく家具屋さんで選ぼうと言ってくれて……。
荷物だって、ほとんど私の物なのに祐介くんは私に持たせまいと全部持ってくれた。
仁科さんとランジェリーショップに行っている間、祐介くんは一人で待っていて、私は仁科さんとお話をしていたからけっこう時間がかかってしまったんだけど、祐介くんは怒るどころか、戻ってきた私に笑顔で「おかえりなさい」と言ってくれた。
どれも初めてのことばかりで戸惑うこともあったけど、祐介くんの優しさがとても嬉しかった。
本当……なんであれだけ優しい祐介くんに今まで彼女が出来なかったのかが不思議。
そう考えたとき、今日仁科さんに言われたことを思い出した。
『彼の優しさは、裏を返せば傷つけられる痛みを知っているからこそです』
あの言い方からして、祐介くんは過去に誰とも付き合ったことがないだけでなく、誰かに酷いことをされていたということだ。
どんなことを言われ、どんなことをされてきたのかは知らないけど、祐介くんに酷いことをした人たちに少し怒りが湧いてきた。
こっちで暮らす以上、その人たちと会うことはないと思うけど、でもやっぱり憤りを感じてしまう。
それから、仁科さんはこんなことも言っていた。
『九条さんに、祐介くんの心を癒してほしいんです』
まさか、会ったばかりの私に、祐介くんと同居を始めて二日目の私にそんなことを言うなんて思いもしなかった。
最初こそ戸惑ってしまったけど、でも今は……祐介くんを癒したいと思う。
最初は仁科さんに言われたからだけど、今は自分の意思でそう思う。
困っていた私に手を差し伸べてくれて、いろいろ助けてくれた優しい祐介くんの心を癒したい。
仁科さんは普通に暮らしていたらいいって言ってたから、きっとできるはず。
それに、私だって祐介くんに出会えたこと……そしてその絆を大切にしたい。
だから私は、おそばを選ぶとき、太い麺を探していた。
引越しそばというのは、祐介くんも言っていたけど、元来越してきた人が三軒両隣の部屋、もしくは家に配り、おそばのように細く長くよろしくお願いしますという意味を込めて贈るもの。
だけど私は、祐介くんとの絆を細いままにしたくないと思い、少しでも太い麺を探していた。
機械で裁断されるから、太さも均等になるはずなのに、機械の不具合と工場の人の見落としがあったのか、通常より太い麺が売られていたから、それを見た瞬間、迷わず手に取った。
祐介くんは不思議そうに見ていたけど、結局それは教えなかった。
祐介くんとの絆がもっと深くなったら、教えてもいいかも───
その時、仁科さんに言われたある言葉を思い出した。
『なんならそのまま祐介くんと付き合っても───』
「っ!」
その言葉を思い出した瞬間、私の頬が一気に熱くなった。
「だから、そんなんじゃないから!!」
そして私は、昨日同様また叫んでしまった。
会って二日目の人と付き合うとか、どれだけ軽いの!?
そりゃあ、祐介くんは優しいし気が利くし、一緒にいると気疲れなんて全然しない。
今日だって、二人で色んな場所でお買い物をしたけど、とっても楽しかった。
あんな人と付き合えたら、きっと毎日笑顔で暮らせるんだろうなって思うよ。
でも、祐介くんにそんな感情を抱いていない。
彼氏と別れたばかりで、昨日今日知り合った人を好きになるほど、私の心は風見鶏みたいにくるくると回らないよ。
そう! 祐介くんみたいな優しい人が、私の理想であって、決して祐介くんに対してドキドキしているわけじゃないから!
ふぅ……なんか、変なことを考えたらちょっと暑くなってきちゃった。お風呂にも入ったばかりだから余計に。
私は早くこの熱を逃がしたくて、パジャマのボタンを外した。
まだ春だから、夜は少し寒いけど、今の私にはちょうどいい。
その直後、廊下からドタドタと足音が聞こえてきて、次の瞬間には、この部屋の扉がバンッと勢いよく開かれた。
「那月さん! どうしまし……た?」
はい。祐介くんが入ってきました。
だけど、祐介くんは今の私の姿を見て、すぐに固まってしまった。
私も少し遅れて両腕で前を隠した。
パジャマのボタンを全て開け、ナイトブラをさらけ出している私を見たら、そうなるのも仕方ないよね。
「ご、ごめんなさい祐介くん! 突然大声を出して……そしてとんだお目汚しを」
「おお、お目汚しだなんてそんな……お、俺の方こそ……ごめんなさい!!」
そう早口で言って祐介くんは逃げるようにして出ていった。
び、びっくりした。まさか入ってくるなんて。
昨日、大声を出してしまった時は、祐介くんはこっちに来る気配もなかったから、ちょっと油断してたかも。これからは気をつけよう。
でも、あれだけ急いで来てくれて……祐介くんが私の見を案じてくれたことが嬉しかったな。
今までの人は、私が助けてほしいと言っても、我関せずな人ばっかりだったから。
「ありがとう。祐介くん」
私はパジャマのボタンを閉めて、明日の朝食と祐介くんのお弁当のおかずを何にするかを考えながら、ゆっくりと夢の中へと落ちていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます