第24話 お酒……飲んでもいいですか?

 帰宅した頃には、空はすっかり茜色に染まっていて、那月さんは部屋着に着替えるとすぐに夕飯の準備に取り掛かってくれた。

 さすがに今日も何も手伝わないのは申し訳がなさすぎたので、料理が出来ないながらも手伝わないと!

「那月さん、なにかお手伝い出来ることはありますか?」

「え!?」

 那月さんはフライパンの上の鶏肉から俺へと視線を移動させた。

 一瞬、なぜそんなに驚くのかと思ったけど、すぐに理解した。

 元カレ連中は手伝いを申し出たことがないんだな……本当、つくづくどうしようもない奴らだな。

「ほら、毎回那月さんに全てをお任せするのはやっぱり申し訳ないですから。二人でやった方が時短にもなりますし、楽しいでしょ?」

 俺は明るく努めながら言った。元カレ連中との嫌な思い出を、少しでも楽しい思い出に塗りかえるために。

「……ありがとうございます。では、そんな働き者の祐介くんは、食器を並べる係に任命しますね」

「ははー! 謹んで拝命します。那月隊長!」

「ふふっ」

「あはは」

 那月さん、笑顔になってくれた。ちょっと砕けた感じで言ったのが良かったのかもしれないな。

 それから俺は、那月さんが料理を乗せてくれたお皿を丁寧かつ素早くテーブルに置いていった。

 こういう、二人で協力して何かをするっていうの……いいな。楽しい。

「あの、祐介くん」

 料理を並べ終え、俺が椅子に座ったタイミングで、冷蔵庫のそばにいた那月さんが、俺に遠慮気味に声をかけてきた。

「どうしました那月さん?」

「その、お酒……飲んでもいいですか?」

「お酒?」

 あーそういえば、缶チューハイとビールを何本か買っていたな。

 那月さんも大人の女性だ。そりゃあお酒だって嗜むだろう。

「もちろん。遠慮なく飲んでください」

「ありがとうございます祐介くん!」

 那月さんは笑顔でお礼を言うと、冷蔵庫を開けて一本の缶ビールを取り出した。

「お酒、好きなんですか?」

「そうですね。一人暮らししている時期もあったのですが、その時は週の半分は飲んでましたね」

「けっこうな頻度……なんですかね?」

 まだかろうじてお酒を飲める年齢じゃないからわからん。

「どうなんでしょう? 毎日飲む人もいますから、私はもしかしたら普通かもですね。それに、私はそこまで強くないので本当、嗜む程度です」

「なるほど」

 那月さん、あまり強くないのか。……酔っ払ったらどんな風になるのか、ちょっと見てみたいな。

「祐介くんはお酒はまだ飲めないんでしたっけ?」

「そうですね。まだ十九なので。来月まで我慢です」

「ということは、五月がお誕生日なんですか!?」

「そうですね。五月六日が俺の誕生日です」

 去年はマユさんと学校の友達が祝ってくれたっけ。

 あれ? つい誕生日を教えたけど、那月さんは別にそんな情報をもらっても嬉しくないんじゃ……。

 それに、「誕生日を教えたんだからプレゼント寄越せ」って感じにならないか!?

 うわぁ……これじゃあ那月さんの元カレ連中とさして変わりないぞ。プレゼントなんて用意しなくていいった言わなければ!

「あ、あの───」

「わぁー! ならあと半月くらいなんですね! 祐介くんの二十歳の誕生日……これは盛大にお祝いしないといけませんね!」

 俺は椅子から勢いよく立ち上がり、プレゼントは用意しなくていいと言おうとしたが、那月さんが両手を、その大きな胸の前に出して握りこぶしを作り気合いを入れていたので、俺は何も言えなくなってしまった。

「? どうしました祐介くん?」

「い、いえ! その……い、祝って、くれるんですか? 俺なんかの誕生日を」

 俺が立ち上がったのを見て、首を傾げていた那月さんの頭の上に、はてなマークが見えたんだけど、俺がそんなことを言ったせいか、はてなマークの数が増えたように感じた。


「当たり前じゃないですか。祐介くんは私と寝食を共にする、今の私にとって一番大事な人です。そんな人の誕生日を祝わないだなんてありえませんよ」


「っ!」

 那月さんの言葉を聞いて、俺の心臓は大きく跳ねて、顔も一気に熱くなった。

 そんな屈託がない、ただただ純粋な笑顔でそんなことを言う……言ってくれるなんて反則だよ。

 ……大丈夫。勘違いはしていない。

 那月さんはただ、同居人の立場から言ってるだけ。那月さんが俺に惚れてるかもなんてバカな考えは持ってないし、俺も那月さんに惚れてはいない。

「その……ありがとうございます。那月さん」

「祐介くんのお誕生日には、一緒にお酒、飲みましょうね」

「……はい」

 俺は那月さんと初めての約束をかわした。

 来月の誕生日、すごく楽しみになってきた。

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