第22話 蕎麦……なんてどうでしょう?

 那月さんたちが戻ってきて再合流をした俺。

 マユさんは「私はお邪魔だから退散するね」と言ってすぐに離れていった。

 去り際の一言に、俺と那月さんは慌てて否定した。一言余計なんだよなぁ……。

 気を取り直した俺と那月さんはお互い苦笑してからまた歩き出した。

 一瞬、その持っている紙袋も持とうかと思ったんだけど、あの中にはし、下着が入ってるんだよな……。

 それまで持つと言ってしまったら、那月さんも警戒するだろうし、恥ずかしい思いをさせてしまうかもしれなかったので、すんでのところでその言葉を飲み込めたのは自分でもグッジョブだと思った。

 一度家に戻り、荷物を置いてから、俺たちは今日の夕食の材料やもろもろを買うためにスーパーに向かった。

 結構大荷物になってしまったからな。あれを持ったままスーパーに行くと、他のお客さんの通行の妨げになりかねないので、服を那月さんの部屋に、そして食器は取り出して一度洗い、食器乾燥機にかけた。

 これで今日から使うことが出来るだろう。

 そうして俺たちは自宅から徒歩十分くらいのところにあるスーパーへとやってきた。

 日曜日の夕方近くということもあり、店内にはけっこうなお客さんがいた。一度荷物を置いてきたのは正解だったな。

「祐介くんは、なにか食べたいものはありますか?」

 俺がカートを押し、那月さんが食材を見ていると、那月さんが夕食のリクエストを聞いてきた。

「食べたいもの、ですか? う~ん……」

 昨日の夜と今朝と、まだ二食しか食べてないけど、那月さんの作る食事はマジで美味しい。だから那月さんの作りたいもので全然構わないんだけど……。

「あ、あの……そんなに考え込まなくても」

「いえ、那月さんは料理が上手いから、なんでも美味しくなるとわかってるから逆に悩むというか……」

「も、もう! そんなにおだててもおかずが一品増えるだけですよ!?」

 あ、何も出ないわけではないのか。

 こりゃあ、おだてまくったら那月さんの手料理食い放題……さすがに太るからやめておこう。

 しかし、食べたいもの、食べたいものか……う~ん。

「…………あ」

 思いついた。

「な、なにか思いつきましたか!?」

「は、はい……」

 そんなに期待に満ちた目をされても困るんだけどなぁ。

 マジで俺が食べたいって思った料理じゃないし、そんな綺麗な目でじっと見られるとドキドキする。何より距離が近いし。

「えっと、蕎麦……なんてどうでしょう?」

「おそば……ですか?」

 俺のリクエストを聞いて、那月さんは少し距離を取り目をパチパチとさせた。

「はい。その、那月さんの引越し……になるのかわからないんですが、そのお祝いの蕎麦を食べたいなって」

「あ……」

 引越し蕎麦は本来、越してきた人が配るものであるから、意味がちょっと違ってくるが、それでも俺の頭の中に浮かんだから言ったんだけど、那月さんは固まってしまった。やっぱりダメだったかな。

「や、やっぱり変ですよね!? 蕎麦は普通配るものだし、自分の引越し蕎麦を那月さんが作るのも……」

「い、いえ! 違うんです祐介くん!」

 俺が蕎麦のリクエストを取り消そうと思ったら、那月さんが慌てて否定してきた。

「その、今まではそんなこと言われたことがなかったから、ちょっとびっくりしただけで、祐介くんの優しさはとっても嬉しいです」

「那月さん……」

 そりゃあ、引越し蕎麦は配るものだからね、と脳内でツッコミを入れながら、俺は那月さんの以前までいた環境を思い出していた。

 那月さんが付き合ってきた男たちなら、そんなことを言ってくれるやつもいなかったろうな。

 そんな環境を転々として、那月さんは一人でよく耐えたもんだ。

「おそば、大賛成です! 早速買いに行きましょう!」

「な、那月さん! 待ってください!」

 那月さんはくるりと身体を回転させ、俺たちが進んでいた方向へ早足で行ってしまった。


 そんな那月さんを、俺はカートを押しながら、他のお客さんにぶつからないように慎重に追いかけた。

 そうしてやってきた蕎麦の麺が売られているコーナー。

 那月さんは顎に手を当て「むむむ……」と言いながら一つ一つ袋に入った麺を吟味していた。真剣に選んでる姿も可愛いなこの人。というか……。

「那月さん。何をそんなに選んでるんですか? どれを選んでも味は変わらないと思うんですが……」

 こういうスーパーで売られているインスタントじゃない麺類って、工場で作られていると思うから、味なんて変わらないだろ。

 それに、どれを選んでも、那月さんが美味しく調理してくれそうだし。

「それはわかってるんです。ですが……むむ~…」

 味が変わらないのはわかっているのに、一体何をそんなに吟味してるんだ?

 でも、俺が変に口出ししても、那月さんが作ってくれるんだ。なら那月さんの好きにさせた方がいいだろう。

 それからも那月さんは真剣に袋に入っている蕎麦を一つ一つ見比べ、三分後。

「これだ! 祐介くん、これにします!」

 そう言って俺に見せてきた蕎麦は、他の蕎麦より少し太い気がした。

「なんか……太くないですか?」

 機械で切るはずだから、太さは均等になると思うんだけど、那月さんの持っている蕎麦だけは他の麺より微かに、だけど確実に太い。

「えっと、その……私、太麺が好きなんですよ!」

 那月さんが自身の好みを唐突にカミングアウトしてきた。

「そうなんですか?」

「そうなんです! だから、こ、これにしてもいいですか?」

 なんでそんな遠慮気味に聞いてくるんだ? 作るのは那月さんだし、那月さんのための引越し蕎麦なんだから……。

 っと、そうだった。那月さんの元カレたちが最低なヤツらばかりだったから、自分の意見も満足に言えなかったかもしれないな。

 ここは、そいつらを思い出させないように答えないと。

「もちろんです。那月さんのための蕎麦なんですから、那月さんの選んだもので大丈夫ですよ。楽しみにしてますね」

 俺は、いつもより明るくを努めて言った。楽しみにしてるのも本当だし。

「はい! 頑張っちゃいますね!」

 よかった。那月さんが笑顔になってくれた。

「それじゃあ、他の必要な物も買いに行きましょう」

「はーい。行きましょう祐介くん」

 俺たちはまたスーパー内を歩き出した。

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