第21話 癒してあげてほしいんです

「九条さんはその……祐介くんから聞きましたか? 彼の過去について」

「祐介くんの過去、ですか?」

「はい」

 祐介くんの過去……確か、地元にあまりいい思い出がなかったからって言ってたけど、その内容までは教えてくれなかった。

 仁科さんのこの表情からして、彼女は祐介くんの過去に何があったのかを知っていて、そしてそれが私が想像したよりも酷いことが、祐介くんに起こったのかもしれない……。

「地元にはあまりいい思い出がないというのと、今までお付き合いした経験がないというのは聞きました」

 私は正直に話した。祐介くんの過去に何があったのかはもちろん知りたい……けど、ここまで深刻な顔をする仁科さんを見て、不用意に聞いてはいけない内容というのはわかる。

「そう、ですか」

 仁科さんは一度息を吐いて、真剣な表情を崩した。

「私はこっちの人間ですから、祐介くんの過去に何があったのかは彼の口から聞いた内容でしか知らないんですけど、それでもなかなかハードな中学、そして高校生活を送ってきてます。一度も付き合った経験がないのも、過去のトラウマが原因の一つです」

「……私も不思議に思っていたんです。祐介くんはあれだけ優しくて、容姿も悪くないのに、どうして一度もお付き合いをしたことがないのかなって」

「実際、私も祐介くんからその話を聞いたのは今年に入ってからなんです。おそらく彼が本当に心を開いた人間にしか言ってないんでしょうね。これを笑い話にできるだけの時間もなかったでしょうし、本人も顔には出してませんが、今も傷は深いと思います」

「そう、なのですね」

 あれだけ優しい祐介くんの心に傷を与えた人ってどんな人なんだろう……? 祐介くんに出会ってまだ丸一日経ってないけど、その見知らぬ人に怒りを覚えてしまう。

 どうして平気で人の心を踏みにじることが出来るの?

「それであの、九条さんに二つお願いがあるんです」

 ここまでの話から、祐介くん絡みであることは間違いない。それと同時に、彼と一緒に暮らす以上、最低限知っておかないといけないことなのは間違いないと思った。

「なんでしょう? なんでも言ってください」

「一つは祐介くんの過去に何があったのか、九条さんからは聞かないでほしいんです。多分時期が来れば祐介くんから話してくれると思うので」

 それはもちろん。気安く触れていい内容でないのはわかってるからね。

「わかりました。それで、もう一つのお願いというのは?」

「……一方的なお願いなのはわかってるのですが、九条さんに、祐介くんの心を癒してあげてほしいんです」

「私に、ですか?」

「はい。彼の優しさは、裏を返せば傷つけられる痛みを知っているからこそです。そんな祐介くんが今もトラウマで苦しんでいるのは見てられないんです。私では彼の辛さを本当の意味で理解するのは無理です。でも、九条さんならあるいは、と思って……」

 確かに私は過去の恋愛で何度となく苦い経験をしてきた。だけど私のは、男性と付き合ってから……だから、言ってしまえば祐介くんとは逆のタイプだ。

 そんな私に出来るのかな? 会って間もない私に、祐介くんの心の傷を癒すなんてこと……。それに、どうやって?

「あ、そんなに難しく考えないでください! 九条さんは、普段通り祐介くんと生活するだけでかまいませんから」

「え? そんなことでいいんですか?」

 少しだけ……ほんのすこ~しだけ、人には言えないようなことを想像してしまったからちょっと恥ずかしい……。

「はい。下手にことを動かすと、かえって逆効果になることもありますから。九条さんと普通に生活をして、徐々にまた恋愛に前向きになってもらえたらって……」

 それだけでいいなら、私にも出来そうかな。

「わかりました。私にどこまで出来るかわかりませんが、頑張ります。それであの……私からも質問、いいですか?」

「ありがとうございます九条さん。あ、私は祐介くんを恋愛対象としてはこれっぽっちも見てないので安心してください」

「え? あ、あの……なんでわかったんですか!?」

 私が仁科さんに聞こうと思っていたことをあっさり見抜かれてしまった。ど、どうして!?

「いやー、この手の話のあとにくる質問ってそれしかないなってわかってましたし。テンプレってやつですね」

「そ、そうなんですね……」

「それにしても九条さん」

「な、なんですか仁科さん?」

 そのニヤニヤした笑みは、あまりいいことを言われる予感がしないよ……。

「私の「安心してください」を否定しなかったということは、もしかして既に祐介くんを……?」

「……っ!」

 仁科さんの質問の意味を遅れて理解した私の顔は一気に赤くなってしまった。

「ち、違います! 私はまだ、祐介くんをそんな風には……!」

「ほほ~……「まだ」、ですか」

「あ、いや、違っ! い、今のは言葉の綾です! そんな目で祐介くんを見てませんから!」

 つい力強く否定しようとして、店内にかかわらず大きな声を出してしまった。

 周りを見たら、店員さんや他のお客さんが私たちを見ていたので、私はその人たちにぺこぺこと頭を下げて謝った。

「しかし、恋愛経験豊富な九条さんらしからぬ反応でしたなぁ」

「し、仕方ないじゃないですか。確かに付き合ってきた人はそれなりに多いですが、私だって、まともな恋愛をしたことないんですから……」

 今までの人たちが、悪い方に一癖も二癖もある人たちばかりだったから、この歳になってもちゃんとした恋愛というのを経験したことがないだから、赤くなってしまうのも仕方ないよ。

 男女のあれこれだけしか経験がないんだもの……。

「うわ可愛い! なにこのおねえさん」

 仁科さんって、ころころとキャラが変わるなぁ。

「と、とにかく、祐介くんと普通に生活したのでいいんですよね?」

「はい。なんならそのまま祐介くんと付き合っても───」

「仁科さん!」

 私のリアクションを、仁科さんはからからと笑いながら楽しんでいた。

 でも、仁科さんは悪い人じゃない。祐介くんも心を開いてこの人に過去をさらけ出したんだから。

 私も、仁科さんと仲良くなりたいな。

 その後、私と仁科さんは連絡先を交換し、下着を何種類か購入して、祐介くんのもとへと歩きだした。

「ところで、あのエロいの買わなかったんですね。あれなら絶対祐介くんは───」

「買いません!」

 仲良く、できるかなぁ……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る