第19話 話してもいいですか?

 個人的に、俺が那月さんと同居を始めたことを一番知られたくない人にいきなり出くわしてしまった。

 だって、マユさんは昨日、俺と一緒に那月さんを見ていたし、那月さんが俺のタイプの女性と知っているからだ。加えてこの性格……マユさんのことは基本的に信頼してるけど、どこかのタイミングでそれを言ってしまうのではないかと警戒してしまう。

「こんなところで会うなんて奇遇だね祐介くん。それに、まさか祐介くんがデート中だったとは……あれ?」

 マユさんが俺をにやにやした目つきで見て、隣にいた那月さんに視線を移すと、マユさんはなにかに気づいたような反応を見せた。

「祐介くん。もしかしてこの人、昨日ショッピングモールにいたあの美人さん?」

 マジか。メイクと服がだいぶ違うから心のどこかでバレない踏んでいたけど、あっさりと見破られてしまった。

「あの、祐介くん。この人は……?」

 すぐ横にいた那月さんがおずおずといった感じで聞いてきた。

 そりゃあ、いきなり見知らぬ女性がフランクに俺に話しかけにきたらびっくりするよな。まずはお互いを紹介しないと。

「えっと、この人は仁科真夕さんです。俺と同じ店でバイトしている先輩です。マユさん、おっしゃる通り、この人は昨日ショッピングモールにいた人です。名前は九条那月さんと言います」

「は、はじめまして。九条那月といいます。昨日から祐介くんの家に居候させてもらってます」

「ああ、これはご丁寧に……仁科真夕です。祐介くんのバイトの先輩で……え? ちょっと待って」

 那月さんの丁寧な自己紹介に少し面食らったマユさんも負けじとあまり見ない……って言ったら失礼だけど、かしこまった自己紹介をしている途中で何かに気づいた様子になった。

「……祐介くん」

「はい」

「昨日見ているだけだったこの美女と、何がどうなったら同棲することになってるんだい!? お姉さんは理解できないんだけど!」

「あー……」

 マユさんはお姉さんじゃないでしょ、みたいなツッコミは今はやめた方がいいな。火に油を注ぐみたいになりかねない。

 というか、そもそも同棲じゃないし。

「えっと、那月さん。マユさんに話してもいいですか?」

 事情を話すには、那月さんの事情を話さなければならない。だけどそれは俺一人では判断が出来ない。那月さんのプライベートに関することだから、あまり人に話したくないと那月さんが判断したら、マユさんには申し訳ないけど話すことは出来ない。

「大丈夫ですよ。祐介くんはこの方を信頼しているのですよね?」

「そう、ですね。はい」

 たまにちょっかいをかけてくるけど、それでも信頼してるし、バイト先では一番仲のいい人なのは確かだ。

「なら私も仁科さんを信頼します」

「わかりました。マユさん、実は───」

 俺は昨日のバイト上がりから今までのことをマユさんに説明した。説明している最中に、那月さんを捨てた男に怒りが湧いてきたけど、なんとか顔に出さずに説明を終えることが出来た。

「…………マジ?」

 マユさんは呆然としていて、その一言をしぼりだした。

「マジです」

「本当です」

 まぁ、こんな話、にわかには信じられないのはわかる。俺がマユさんの立場なら今のマユさんと同じリアクションをする自信がある。

「……うん。ちょっと頭を整理しようと思ったけど無理だわ。その男の行動が全く理解できない」

「それは俺も同感です」

 というか、ほぼ全ての人がそうだろう。

「私も九条さんたちを見たとき、あまり仲良くないカップルなのかなとは思ったけど、まさか隣の県から来ていて、九条さんを置き去りにして一人で帰るとか……クズにも程がある」

「俺もそう思います。本当に人間かって今も思いますもん」

 おそらく、那月さんの昨日の話をしたら、十人中十人が同じリアクションをするだろう。それだけその元カレはヤバい奴だ。

「でも、九条さんのような美人が一人でいたら他の男共がほっとかなかったところを、祐介くんに声をかけられたのはラッキーだと思いますよ」

「え?」

 何を言ってるんだマユさんは? あなたは俺が地元の同じ学校の奴らから『振られ神』と言われていたことを知っている数少ない人だ。それを知っていて那月さんにラッキーという意図がわからない。

「それは私も思ってました」

「な、那月さんまで!」

 う、嬉しいけど、褒めても何も出ないですよ?

「祐介くんはこの通り女性経験が皆無で勇気もない。だから九条さんが祐介くんに襲われる心配は限りなくゼロなんですから」

「いらんこと言わないでくださいよ!」

 褒めたと思ったらこれだよ……。マユさんが俺をちゃんと褒めたことって数えるくらいしかない。あとはこんな風に上げて落とす感じだ。

「でも、祐介くんは優しいと思いますよ。とっても」

 那月さんの言葉は嬉しいけど、俺ってそんなに優しいか? 家に招いたり、同居を承認した以外は普通にしてただけなんだけどな。

 この人の判断基準が元カレたちだからなのかもしれないが……。

「……ところで、二人はもう買い物は終わったんですか?」

「えっと……実は」

 那月さんは頬を赤くしてマユさんに耳打ちをした。下着を買うって俺に聞こえる声量で言うのは恥ずかしいからか。俺も聞くのはちょっと照れる。

「なるほど……。じゃあせっかくなんで、私も一緒に行っていいですか?」

「も、もちろんですけど、付き合わせてしまうんじゃあ……」

「ちょうど私も行こうと思ってましたし。では九条さん。荷物は祐介くんに任せて行きましょうか」

「え? あ、はい……ゆ、祐介くん、いってきます!」

 マユさんは那月さんの腕を掴み歩き出した。多分ランジェリーショップに行くんだろう。

 俺はそこに入る勇気はないから、マユさんに任せるしかないな。

「いってらっしゃい。荷物は任せてください」

 両手は荷物で塞がれていたので、俺は言葉だけで那月さんを送り出した。

 もしかしたら時間がかかるかもしれないから、そこら辺のベンチで休憩でもするか。

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