第18話 シャキッとしないと

 その後も数店舗を巡り、もう何着か購入した那月さん。

 買った物は当然ながら全部俺が持っている。重くはないんだけど、袋がいっぱいでかさばる。

「祐介くん、大丈夫ですか? やっぱり私が持ちますよ」

「いえいえ、お気になさらず。大して重くないのでこのままで大丈夫ですよ。ありがとうございます那月さん」

「お、お礼を言うのは私の方ですよ。ありがとうございます祐介くん」

 お礼を言いあっているのがなんだか可笑しくて、ふたりして笑ってしまった。

 なんか、いいなぁ……こういうの。

 デートって、こんな感じなんだろうなぁ。

 ま、今日俺は那月さんの付き添い兼荷物持ちだからな。デートじゃない。

「それで、次はどこに行くんです?」

「そ、それはですね……」

 普段着る服はこれだけあれば大丈夫だと思った俺は、特に何も思わずにそんな質問を那月さんにしたのだが、なぜか那月さんは頬を赤く染めて俯いてしまった。

「……那月さん?」

「……ぎを」

「え?」

「…………し、下着を」

「……あ」

 そ、そうだよ! 服は買ったけど下着は買ってなかった!

 うわぁ……やってしまった。もうちょっと気を配るべきだった。

「ご、ごめんなさい! 俺……」

「い、いいんです! 気にしないでください」

「はい……すみません」

 ダメだな……俺。

 女性と二人で出かけたことがないし、ましてや服を買いに来たことがないなんて言い訳が通るわけがない。那月さんに恥ずかしい思いをさせてしまったな。

「そ、そんなにしょげないでください祐介くん」

「ですが……」

「でももへちまもありませんよ。祐介くんは女性と一緒にお出かけしたことはないんですよね? なら気づかなくて当然ですよ。私も祐介くんと一緒にいるタイミングで下着を買おうとしてますから私にも非はあります」

「い、いえ! このタイミングで一気に買ってしまおうとするのは当然です! だから那月さんは何も悪くないですよ!」

 そう。悪いのは全部この俺……。やっぱり『振られ神』と呼ばれた俺と一緒にいると、俺のせいで那月さんもろくな目にあわないのでは……。

「……私が言うのもなんですが、祐介くんは少々、周りの……特に一緒にいる人の感情を気にしすぎな部分があるようですね」

「……そう、ですね。それは自覚しています」

 今だって周りから『なんであんな美人の隣にいるのが冴えないやつなんだ?』とか、『女性を不幸にしそう』みたいなことを思われているんじゃないかって、少しだけビクビクしてる。そう見せない努力はしているけど、そのメッキが剥がれたらどうなるかわかったもんじゃない。

「いいですか祐介くん」

「……はい」

 俺が自責の念にかられていると、那月さんから強い、それでいて俺を諭すような優しい声音が聞こえた。

「私は気にしていませんし、祐介くんが悪いなんてこれっぽっちも思ってませんよ。むしろそのあとの祐介くんが私を慮ってくれる気持ちは嬉しかったです。今までの人は、後々になるとそんなデリカシーの欠片もない人が多かったですから特に……。それに私たちは寝食を共にし、同じ家に住んでいる言わばパートナーです。一線を引くのはもちろん大事ですが、引きすぎるのもよくありません。同居生活を始めてまだ二日目なんですから、その辺のボーダーがわからないのも当然ですが、あまり遠慮したり謝ったりしないでください。もし事ある毎にそんな態度をされてしまったら……少し悲しいですから」

「那月さん……」

「ね? だから、自分を責めるのも、悲しい顔をするのもここまでです。今はお買い物を楽しみましょう」

 ……確かに、那月さんの言う通りだな。

 俺がここで立ち直れずに、いつまでも自責の念に囚われていたら、同居人の那月さんもきっと俺に気を使ったままになってしまう。そうなったら、家に帰ってもギクシャクしたままになるだろう。

 那月さんの過去のエピソードを聞いて、俺が少しでもその過去を霞ませる、笑い話に出来るお手伝いをしたいと思ったのに、これじゃあ本末転倒だ。シャキッとしないと。

「ありがとうございます那月さん。それから、気を使わせてしまってすみません」

 俺は那月さんに、お礼と謝罪をした。

 俺がいつまでもくよくよしたらダメだ。那月さんが俺の家で笑って暮らせるためにも、前を向かないと。

「ふふ、祐介くんが元気になってよかったです。それじゃあ、お買い物を再開しましょう」

「はい!」

 俺たちは笑いあってまた歩きだそうとしたその時───

「おや、その後ろ姿はもしかして祐介くん?」

「「え?」」

 突然後ろから声をかけられた。とても聞き馴染みのある女性の声。

 もしかして……と思いながら、俺はゆっくりと後ろを向いた。

「ま、マユさん……!」

 すると、そこにいたのは、やはり俺のバイトの先輩、仁科真夕さんだった。

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