第17話 私の服の好みって……
俺たちが最初に入ったのは、多くの女性ものの服を取り揃えているお店だ。やっぱりまずは今着ている服をどうにかしないといけないと思ったからだ。目立つし俺も少々目のやり場に困るからな。
ここで靴も含めた一式を買って、それに着替えてから服選びを再開する予定だ。
「わぁ~、可愛い服がいっぱいですね」
那月さんは店内に入ってからはこの調子だ。今はかけられた服を一着一着手に取って見ている。
「那月さんは服が好きなんですか?」
「はい。私も一応女ですから、ファッションには興味あるんですよ」
「那月さんはれっきとした女性ですよ」
こんな綺麗で可愛い那月さんに「一応」なんて言葉はいらないだろ。
「い、言ってみただけですから。褒めても何も出ませんからね」
「あはは」
これから違う服に身を包んだ那月さんが出てくるんだけど、それを言ったらこの人は照れてしまいそうだから言わないでおこう。今は服選びが大事だ。
「祐介くんはどんなファッションが好きですか?」
「え?」
色んな服を手に取っては戻しを五分くらい繰り返した那月さんは、俺に意見を求めてきた。
「俺の意見を聞かなくても、那月さんの好みで選んだらいいと思いますよ」
着るのは那月さんなんだ。彼女の服選びに同居人の俺がとやかく口出しするのもなんか違うと思った。それに、那月さんなら何を着ても似合いそうだし。
「私の好み、ですか。う~ん……」
だけど、俺の言葉を聞いて那月さんはさらに深く考えるようになってしまった。別に俺は変なことを言った覚えはないと思うんだけど。
「えっと……どうしたんですか?」
「あ、いえ! ……その、お恥ずかしいのですが、私の服の好みって、なんなのかなって……」
「え?」
自分の好みの服がわからないって……どういうことだ?
俺の顔を見て、俺が何を考えているのかを理解したのか、那月さんは続けて口を開いた。
「その、私がここ数年着てきた服って、元カレたちの好みに合わせていた……ううん、違いますね。元カレたちが自分の好みの服を私に着せていたので、自分の好みの服というのを忘れてしまって……」
「……」
ま、マジかよ……。こんなところにまで元カレたちと付き合った悪い影響が出てるなんて思わなかった。
着る服を強要してきたのは昨日見たガラの悪そうな男だけかと思ったけど、那月さんの口ぶりから、他にもいたんだな。
改めてこの人の男運の無さに驚いたのと同時に、こんなことも思ってしまった。
『振られ神』と言われてきた俺と一緒にいたら、那月さんの男運がさらに下がるのでは……。
ただ、同居を承諾して昨日の今日で手のひらを返すなんてことは出来ない。それじゃ元カレたちと変わらない……いや、那月さんを路頭に迷わせてしまうかもしれないから元カレたちよりタチが悪い。
それに、俺もこれからの那月さんとの同居はちょっと楽しみだったりするから、那月さんにこのことを打ち明けると、那月さんに引かれると思ってしまい打ち明けることを躊躇ってしまう。
でも、今はそれよりも、那月さんになんて声をかけようか。
自分の好みを忘れてしまった那月さん…………あ。
「那月さん」
「はい……」
そんなにしゅんとしなくても……。
「那月さんの直感でいいと思いますよ」
「私の、直感……?」
那月さんは首を傾げた。くっ……可愛い。
「そ、そうです。自分の好みを忘れてしまったなら、これからまた作っていけばいいんですよ」
「あ……」
「忘れてしまったものを思い出すのは容易じゃないかもしれない……なら思い出すより那月さんが気に入った服を選んで、新たな好みにすればいいんです。着る服を強要してきた元カレたちはもういないんですから、那月さんを縛るものは何もないですよ。ここから自由に選んでいいんです。那月さんなら何着ても似合いますから、きっと服も喜んでくれますよ」
忘れてしまって真っ白になってしまったキャンバスがあるのなら、また一から塗り直せばいい。そうして以前とは違う、新たな那月さんだけの絵を完成させたらいいんだ。
「祐介くん……」
「ここには色んな服があります。この中から那月さんが着たいと思った服を探しましょう。俺もお手伝いしますから」
那月さんが描く新たな絵……その手助けが出来るなら、俺は迷うことなく手を伸ばす。『振られ神』の俺にも、女性の手助けくらいは出来るはずだ。
「ありがとう祐介くん。じゃあ、一緒に探してくれますか?」
「もちろんです。どんどん選んじゃいましょう」
「はい!」
よかった。那月さんに笑顔が戻った。
俺でも女性の役に立てるんだって思ったら、やっぱり嬉しいな。
それから那月さんはいろいろと思案しながらも、薄手の白いニットにベージュのふわりとしたロングスカート、そして白のパンプスを選んでそれを購入し、タグを切ってもらって着替えた。
「えっと……どうでしょう祐介くん。似合ってますか?」
「…………!」
俺はこくこくと頷くことしか出来なかった。
めちゃくちゃ似合いすぎてて、気を抜くと見惚れてしまうから……。
さっきまでの露出の多いピッチリした服ももちろん似合っていたが、こっちの方が断然いい! 那月さんという素材がめちゃくちゃいいのもあるが、その那月さんの魅力がさらに引き出された感じだ。メイクも昨日はなかなか濃くてそのおかげでキリッとしていたけど、今はナチュラル系だからそれも合っている。
「とってもお似合いですよお客様」
那月さんよりもう少しだけ年上っぽい女性の店員さんも接客の常套句を口にしているが、これは本心で言っていると表情でわかる。
「ありがとうございます」
「よかったですね彼氏さん」
「かっ……彼氏!?」
店員さんがとんでもない一言を口にして、俺はそれに過剰に反応してしまった。
「あれ? 違うんですか? てっきり仲のいいカップルのデートかと思ったんですけど」
でで、デートって……俺と那月さんが!?
いやいや、ありえないだろ! 那月さんのような誰が見ても振り返る美人が『振られ神』の俺とデートなんて!
俺はただ、同居人である那月さんの身の回りの物を那月さんと二人で買いに来ただけ……あ。
そこまで考えて、俺は気づいた。
これ……何も知らない人からしたら完全にデートにしか見えない。
「か、彼氏じゃないです! ただの同居人ですから!」
俺が那月さんの彼氏とか……那月さんに失礼すぎるから。
俺と那月さんはただの同居人で、昨日は那月さんが困っていたから俺の家を宿にしてもらって、那月さんの同居の提案を受け入れただけ。決してそれ以上でもそれ以下でもないんだ。店員さんの言葉に舞い上がったり、間違っても那月さんが俺と恋人に見られて嬉しいなんて思っちゃダメだ。
「そうなんですか?」
「そうですね。私たちはルームシェアをしているだけですよ」
「ご、ごめんなさい。私、てっきり……」
「いえ、お気になさらないでください」
「そうです。勘違いさせた俺も悪いですから。……あはは」
俺は謝る必要のない店員さんに謝罪させてしまった気まずさから、笑って誤魔化した。
でも、そうか……恋人に見られるって、こんな感覚なんだな。
俺の今生で恋人が出来るなんてのは諦めているので、那月さんのような美人と恋人に見られただけで満足だよ。
その後、俺と那月さんはそのお店で服を数着購入し、店をあとにした。
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