第14話 ちょっと寝てみてもいいですか?

 朝食を食べ、まったりとした時間を過ごしたあと、俺と那月さんは家具屋さんにやってきた。

 一番の目的は那月さんが使うベッドだ。

 いつまでも俺のベッドを使ってたんじゃ那月さんは安眠できないだろうし、特に趣味がなかったからここまでこつこつと貯めてきたお金もある。那月さんとお金を出し合うって事前に決めていたし、那月さんにはいいベッドを選んでもらって快眠してもらいたい。

「なんか、みなさん私をじろじろ見ているような……」

 那月さんが言うように、俺たちとすれ違う人の半数以上が俺たち……というより那月さんを見ていた。

「まぁ……那月さんの格好は目立ちますからね」

 那月さんは昨日と同じ格好をしている。派手で目立つし、この格好で家具屋さんに足を運ぶ人は少ないのではないだろか。

 それに、今日の那月さんのメイクは昨日みたいな濃いものではなく、ナチュラルなものとなっている。思った通り、こっちの方が優しい印象を持たれると思うし、何より那月さんの魅力を引き出している。好みの問題もあるのだろうが、俺はこっちの那月さんの方が圧倒的にいいと思っている!

「不細工って思われてないですかね?」

「逆ですよ。那月さんのような美人が派手な服装してたら誰だって見ちゃうものです」

「び、美人って……祐介くん褒めすぎですよ」

「……じ、実際そうですから」

 この人は……いや、この人の元カレ連中はどんだけ那月さんに酷いことを言ってきたんだよ。こんな誰もが目を奪われるような美人に『不細工』って言葉を投げつけるなんて……理解に苦しむ。

「昨日のうちに私服も何着か買っておくべきでしたね」

「でも、私も祐介くんの家に居候させてもらうとは思ってませんでしたから」

「ここで必要な家具を買って、早いとこ服も買いに行きましょうか」

「はい。行きましょう祐介くん」


 俺たちはベッド売り場にやってきた。

「色んなベッドがありますね」

「そうですね。なんだか迷ってしまいます」

 色、サイズ、デザインなど、本当に様々な種類があるな。

 この中から那月さんが好きなベッドを選ぶわけだが、まぁサイズはシングルで、あとは色とデザイン……それから物を収納できるのもあるからなぁ。

 那月さんがいつまで俺の家にいるのかはわからないが、収納できるやつを買っておいてもいいかもしれない。そうしたら季節に合わせて服とかを収納出来るしな。

 あ、でも別に俺の家を出ていっても次の居住先で使ったらいいだけだから、やっぱり那月さんの好みの問題だな。

「あ、これいいかも……」

「どれですか?」

 那月さんが興味を示したベッドを見ると、ライトブラウンの木目調のシングルベッドで、ベッドの下には収納ケースが三つ付いている。枕元にも小物を置ける棚、そしてやUSBとコンセント付きだから機能性が高そうだな。

「へぇ……いい物じゃないですか」

「ですね」

 那月さんはそのベッドに付けられているマットレスに手のひらをつけ、弾力を確かめている。

 俺も那月さんと同じようにすると、どうやら低反発のマットレスみたいだ。

「祐介くん、ちょっと寝てみてもいいですか?」

「もちろんいいですよ」

「ありがとうございます。じゃあ失礼して……」

「っ!」

 那月さんはハイヒールを脱いで、ベッドに寝転がろうとし、それを見た俺は思わず那月さんに背中を向けた。

「? 祐介くん、どうかしましたか?」

 俺は後ろを向いてるから、那月さんがどんな表情をしているかわからないけど、この人……今の自分の服装をわかってないのか?

「いや、その……み、見えちゃいそうだったから……」

「え? …………あ!」

 俺の指摘で、ようやく那月さんも理解したみたいだな。

 那月さんの服装は昨日のまま……つまりミニ丈のタイトなスカートを履いている。そんなものを履いて寝転がろうものなら、角度によってはパンツが見えちゃいそうだし、那月さんってめちゃくちゃ美脚だから、ベッドに乗る時も無意識にその綺麗な脚に目が行って眼福……いや、目に毒なのだ。

「ご、ごめんなさい! 私ったら、はしたない……」

 俺は那月さんの謝罪を聞きながら、着ていた上着のボタンを外す。

「あ、謝るとこじゃないですよ。それに、ベッドに寝転がって寝心地を確かめるのは必要ですからね。それよりもこれ、足にかけてください」

 俺はなおも那月さんに背中を見てたまま、脱いだ自分の上着を手渡そうとした。

 すると、少しして那月さんが上着を掴む感覚がしたので、俺はゆっくりと上着から手を離した。

「ありがとうございます。……もう、こちらを向いて大丈夫ですよ」

 俺はゆっくりと身体を反転させると、俺の上着は那月さんの足をしっかりと隠していた。

「寝心地はどうですか?」

「いい感じですよ。もうこれにしちゃおうかと思うくらいに」

 最初からいいものを見つけたようで、那月さんは目を瞑りながら笑顔になっていた。

「ベッドはまだたくさんありますから、とりあえずこれをキープしといて、他のベッドも試してみましょうよ」

「そうですね。……よいしょっと」

 那月さんは可愛い掛け声とともに上体をを起こすと、ベッドから降り、俺に上着を返した。

「ありがとうございます祐介くん」

「いえいえ。じゃあ他のベッドも試しましょう」

 その後、いくつかのベッドを試す度に上着を手渡し、それを足にかけるといったやり取りを繰り返した結果、那月さんは最初に試したベッドを購入した。

 そして俺の上着には那月さんのいい匂いがかすかについていて、しばらくドキドキが止まなかった。

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