第2章 那月さんとお買い物に行こう
第13話 タメ口で話さないんですか?
翌朝、何やらいい香りが俺の鼻腔をくすぐり、それが目覚ましとなって、俺はゆっくり瞼を開けた。
「……ぁれ?」
なんで俺……リビングのソファで寝てんだっけ? 確か昨日は……。
俺はまだ覚醒しきっていない頭で昨日何があったかを思い出す。
あぁ……そういえば、昨日から綺麗で可愛い年上の女の人と同居生活を始めたんだっけ。それで、ベッドがひとつしかなかったから、俺のベッドを使ってもらったんだった。
部屋は……片付けが出来ている方だから変なものとかは落ちていないはずだけど……ぐっすり眠れたのかな?
そんな考えをして徐々に頭を覚醒させていると、キッチンの方からまたいい匂いが漂い、パタパタとスリッパの音も聞こえてきた。
「え?」
俺はソファから頭をのぞかせ、キッチンの方を見た。
「あ! おはようございます祐介くん」
そこに写ったのは、昨日買ったパジャマ姿で朝食の用意をしていて、すごくいい笑顔で俺に朝の挨拶をしてきた美人で可愛いお姉さん……九条那月さんだった。
そんな那月さんを見て、俺は一気に脳が覚醒し、ソファから飛び起きた。
「す、すみません九条さん! 寝過ごしてお手伝いもせずに……!」
休日の朝は基本ダラダラ過ごすのが裏目に出てしまった。まさか朝ごはんを作ってくれてたなんて。
「気にしないでください祐介くん。私がしたくてしていることですから。そんなことよりも……」
にっこり笑顔でいたかと思えば、那月さんは少しだけ眉を上げ、右の人差し指をピンと上に立てた。
「な、なんでしょう……」
「……名前」
名前?
「……あ」
そうだった。一緒に暮らすことになったから、お互い苗字ではなくて名前で呼び合おうと昨日決めたんだった。
「お、おはようございます。……な、那月さん」
「はい、おはようございます。祐介くん」
俺が名前で呼ぶと、那月さんはまたにっこりと笑って見せた。……やっぱり、可愛いな。
「すみません。あまり、女性を名前で呼ぶの……慣れてなくて」
「それを言うならこちらこそですよ。もしかしたら祐介くんに、名前呼びで統一するのを強要してしまったのかと……」
「い、いえ、大丈夫です那月さん!」
「ふふっ、ゆっくりでいいですから、名前で呼ぶの、慣れていってくれたら嬉しいです」
「は、はい……」
なんか……付き合いたてで同棲したカップルみたいだ。
……って、何言ってんだよ俺!? 那月さんがタイプな女性だからといって、恋愛に懲りた身でこれ以上期待を持つのは愚かでしかないんだ。那月さん自身も困っていたから同居の提案をしただけだ。そもそもこんな綺麗で可愛い那月さんが俺を好きになるとかありえないから。身の程を知り冷静になれ『振られ神』!
俺は心を落ち着かせるために深呼吸をした。
「?」
目を瞑っていたので、そんな俺を不思議そうに見ていた那月さんに気づかずに。
……あ、そうだ。ちょっと気になったことがあるからこの際に聞いてみようかな?
「あの、……那月さん」
「どうしました祐介くん?」
「その……那月さんは俺にタメ口で話さないんですか?」
「え?」
俺が気になっていたこと……それは、俺と出会ってから、那月さんは一度も俺にタメ口で話さないことだ。
「那月さんは年上だし、いつまでも俺に敬語ってちょっと変な感じがしたので……」
それに、いつまでも敬語だと、やっぱりよそよそしい感じがどうしても抜けきらない。俺も、那月さんがタメ口で話しだしたあとに時期を見て徐々に敬語をやめようと思っていたし。
「私って、人と話す時はいつも敬語なんですよ。ひとりごとなんかは普通なんですけどね」
「そうなんですか? あ、まさかそれも……」
「そうですね。私自身、最初は年下の人にも敬語を使う性格なんですが、元カレたちが原因でそれがさらに強くなってしまったといいますか……」
そう言って那月さんは苦笑いをこぼした。
那月さんのその性格はすごく好感が持てるのは確かだ。だけど元カレたちのせいで他人とはタメ口で話せなくなってしまったんだ……。那月さんの元カレ連中は本当に余計なことしかしてこなかったというか……。
「なので時間はかかるかもですが、少しずつ敬語をやめるよう頑張っていきますので、我慢してもらえたら……」
「が、我慢なんてしてないです! ちょっと気になっただけなので……。那月さんが敬語をとっても大丈夫と思ったタイミングで構わないので、ゆっくりいきましょう。時間はあるんですから」
なんて言ってしまったけど、那月さんがここを出ていきたいと言ってしまえばそれまでだ。俺としては美味しい料理は出るし、それに那月さんとこうして話をするのは嫌いじゃないから、出来れば居てほしいけど、それを強要することは出来ない。そんなことをすれば元カレ連中と同じになってしまう……いや、付き合ってないのだから、元カレ連中よりもタチが悪くなってしまう。
「……ありがとう祐介くん。不束者ですが、これからもよろしくお願いしますね」
「いや、嫁ぐわけじゃないんですから」
「そっか。それもそうですね」
それから笑いあったあと、俺は配膳を手伝い、顔を洗ってから那月さんが作ってくれた朝食を食べた。
昨夜の夕食同様、文句なしに美味かった。
そんな俺の胃袋は、既に那月さんに掴まれつつあることを、俺は気づいてすらいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます