第9話 ここに住まわせてくれませんか!?
そうして俺はリビングに入り、ダイニングテーブルに置かれていた料理を見たのだが……。
「すごっ!」
見た瞬間、俺の口から自然と驚きの言葉が出た。
トンカツをはじめ、野菜の盛り合わせ、白菜たっぷりのお味噌汁、肉じゃがと、一人暮らしを始めてからこんなに料理がテーブルに並んだのを見るのは初めてかもしれない。
トンカツの衣も綺麗なキツネ色になっていて、見ているだけで食欲をかき立てられる。
「これ……全部九条さんが?」
「はい。泊まらせてくれる降神くんのために、頑張っちゃいました」
聞いてから九条さんしかいないじゃないかと気がついた。我ながらアホな質問をしてしまった。
「めちゃくちゃ美味しそうです! 本当にありがとうございます!」
「っ! お礼を言うのは早いですよ降神くん。降神くんのお口に合うか分かりませんから」
「いやいや、これは絶対に美味しいですって。早く食べたいです」
「じゃあ、お席にどうぞ。あ、ご飯よそいますね」
「自分でやりますよ」
「私にやらせてください。泊まらせてくれるお礼なんですから」
お礼って……この料理だけで十分すぎるくらいなのにな。
「分かりました。じゃあ、お願いします」
「はい。すぐ用意しますね」
そう言って九条さんはにこっと微笑み、俺のお茶碗を持って炊飯器の元へと向かった。それを見て思う。
……恋人と同棲するのって、こんな感じなのかなって。
ま、九条さんは俺の恋人ではないし、俺の恋人とか九条さんも嫌に決まっている。それに九条さんは明日、家に帰るんだ。
恋愛に懲りた身だけど、それでもちょっとくらいいい夢を見てもバチは当たらないだろう。
それと同時に、元カレが自分のお茶碗に自らご飯をよそうことをせずに九条さんに強要していたのかもしれない……とも思ってしまった。
この短時間で数々の信じられないエピソードを聞いたんだ。こういったことも普通にあったと考えても不思議ではない。……自分が食べるご飯くらい自分でよそえってんだ。
九条さんは口にしないが、俺が聞いたら教えてくれるだろう……。だけどここでそれを聞いてしまったら九条さんの笑顔に影を落とすことになるかもしれないので、九条さんが自ら話してくれるまで俺からは詮索しないようにしないとな。
「はい。どうぞ降神くん」
「あ、ありがとうございます九条さん」
九条さんから炊き立ての白い米が乗ったお茶碗を受け取る。
お米の一つ一つが光に照らされてるし、何よりこの匂い……これも食欲をそそられる。
それから九条さんは自分のお茶碗……と言っても親が来たとき用に置いてあったものなんだけど……それを手に取りまた炊飯器へと歩いていった。
「「いただきます」」
九条さんも席についたので、手を合わせてから箸を取り、どれを最初に食べるかを考える。
「悩んでますね降神くん」
「だってどれもめちゃくちゃ美味しそうだから……」
「……そんなこと言われたのいつ以来でしょう。ありがとうございます降神くん」
「ご飯を作ってくれただけでもありがたいのに、こんなクオリティのメニューが並んでるんですから」
これは暗に、元カレからは言われたことがないと言っているようなものだ。九条さんの料理を食べなれていたからとも考えられるけど、作ってくれてるんだから感想や感謝は言うべきだろ。
俺は九条さんの元カレたちに今日何度目か分からない不満を心の中で述べながら、一切れのトンカツを箸で持った。
「じゃあ、いただきますね」
「はい」
俺はゆっくりとそのトンカツを口に近づけ、一口かじった。
「!」
噛んだ瞬間、トンカツを包んでいる衣から「サクッ」という良い音が聞こえてきた。
そのまま歯が衣からトンカツに到達すると、中から肉汁が口の中に広がる。よく火が通っている。
「おいしい……」
俺は一言、それだけ呟いた。いや、それだけしか言えなかった。
本当に美味しいものを食べた時、大声や身振り手振りでオーバーなリアクションが出来なくなるって聞いたことがあるけど、今の俺はまさにそれだ。
「食べ慣れたうちの母親のトンカツ……いや、それより美味しい」
「そ、そんな……! いくらなんでも褒めすぎですよ」
「いや、マジでそれくらい美味しいですよ! 俺、料理が出来ないから食事はいつもコンビニか出前か外食だったんです。久しぶりに誰かの手料理を食べましたし、それがまさかこんなに美味しい料理を食べられるなんて……」
やばい……これはマジで箸が止まらん。野菜も、味噌汁も、お米もめちゃくちゃ美味しい!
「あの、降神くん」
俺は九条さんに呼ばれて夢中になって動かしていた手と歯を止めて、九条さんを見た。
「はい」
「その、こんなことを聞くのは失礼なのはわかってるのですが、どうして一人暮らしを始めたんですか? それも、地元から離れた場所で」
まぁ、それは気になるよな。
料理が出来ないのに一人暮らしをしているし、専門学生なのも話したけど、地元にも同じ分野の専門学生はある。それは同じ地元出身の九条さんも知っているだろう。
だから余計に気になってしまうんだろうな。
「あまり地元にいい思い出がなかったから……だからこっちに来たんですよ」
俺は暗い空気になるのを避けるため、少しおどけたように言った。
一度振られただけで、クラスメイトの女子に妙なあだ名までつけられてバカにされ、
なんというか……俺のちっぽけなプライドもあるんだろうけど、それを知った九条さんが引いてしまうのではないかと思って言えなかったんだ。
どうせ一晩部屋を貸すだけの関係なんだ。そんな男のどうでもいい情報を得たとしても九条さんに得などひとつもない。だからこれでいいんだ。
「そう、なんですね……」
俺の話を聞いてそれだけ言うと、九条さんは顎に手を当ててなにかぶつぶつとつぶやきだした。何かを考えているようだが……。
「あの……降神くん!」
やがて考えがまとまったのか、九条さんは勢いよくその可愛い顔を上げ、今度は真剣な表情でまた俺の名を呼んだ。
「は、はい!」
突然のことにびっくりする俺。今度は何を聞かれるのかドキドキしていたのだが……。
「あの……突然こんなことを言うと、びっくりするかと思うんですけど…………私を、ここに住まわせてくれませんか!?」
「……はい?」
あまりにも予想の斜め上のことを言われ、俺は理解するのに少しだけ時間がかかってしまった。
それって……俺と九条さんが一緒暮らすってこと!?
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