第7話 『普通』の定義

 バスに揺られる中、隣に座っている九条さんのミニスカートから伸びる白く美しい脚を見ないように意図的に目を逸らし、バスから降りて歩くこと五分。俺の暮らすアパートに到着した。

「その、学生さんとお聞きしましたが、想像していたよりいいお部屋に住んでるんですね」

「ここの大家さんと両親が学生時代からの友人で、それで安く借りられてるんです」

 俺たちはバスで移動中、お互いのことを少しだけ話した。互いの年齢と職業くらいだが。

 俺が現在十九歳で専門学生なのに対し、九条さんは現在二十四歳で、置き去りにされた彼氏の家で暮らしていて、あの彼氏と付き合ってからは働いていなかったそうだ。

 九条さんの分の生活費を稼いでくることだけは尊敬出来るのかと思ったけど、直後に九条さんから出た「お前は一人でこの家から出るなと言われまして……」の一言で、すぐに自分の考えを後悔することになった。

 そんなの……軟禁と変わらないじゃないか!

 そしてデート代は九条さんが貯めていた貯金を切り崩して出してたってことになる。マジでクズだな。

「九条さん、疲れてますよね? 今開けるので待っててください」

「は、はい……」

 俺は持っていた荷物を一度地面に置いて、予めポケット入れていた部屋の鍵を取り出し、それを鍵穴に差し込み回転させ、ゆっくりと部屋の玄関を開けた。

 さっきの九条さんさん、ちょっと戸惑っていたな……。まさか、こんな心配もされたことないのか?

 俺は荷物を持つと、先に部屋に入り、すぐそばにある電気のスイッチを入れて来客用のスリッパを出して床に置いた。

「さ、どうぞ九条さん。遠慮なく」

「お、お邪魔します……」

 俺は九条さんが入ると玄関の鍵を閉めて、先に廊下を進みキッチン周りに入り、リビングの明かりをつけた。

「いいお部屋ですね」

「両親には感謝してます」

 両親のツテがなければ、こんな部屋を俺一人(両親も少し負担してくれている)で借りることは出来なかっただろう。だから両親には頭が上がらないよ。

「奥がリビングで、その途中、廊下にある扉の先が私室になっています。手前が俺の部屋なので、申し訳ないのですが、九条さんは俺のベッドを使ってください」

「そんな! 泊まらせてもらえるのに降神くんのベッドまで使うのは───」

「だけど九条さんはお疲れでしょう? 精神的な疲れは取れないかもですが、だからこそ肉体的な疲れを出来るだけ取ってほしいんです」

「降神くん……」

ここまで苦労してきた九条さんだ。そんな九条さんに提供できるのは風呂と寝床しかない。

彼氏に置き去りにされたショックは癒せない。ならせめてベッドで寝てもらって、体調万全で家まで帰ってほしい。

疲れを残したまま帰って、その途中でなにかがあったら嫌だしな。

「……何から何までありがとうございます。すぐにお夕飯を作りますね」

「急がなくても大丈夫ですよ。九条さん疲れてるでしょうし……少し休んでからでいいですから」

「……はい。本当にありがとうございます降神くん」

 九条さんはにこっと微笑んでお礼を言ったけど、そこまで気持ちを込めて言うものか?

 考えるまでもなく、歴代の彼氏のせいで九条さんの中にある『普通』がねじ曲げられてしまった結果だ。

『普通』なんてその人次第で、人の数だけ『普通』の定義があるが、九条さんの元カレたちの行いは明らかに『普通』じゃない。

『普通』を『普通』と思えなくさせた九条さんの彼氏たちに、俺は怒りと憤りを感じていた。

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