第5話 今夜一晩、あなたの家に泊めてください
「あなたの家に……ですか?」
数秒間の沈黙のあと、美人さんから戸惑いの声が聞こえてきて俺の心臓は大きく跳ねた。
「えっと、その……別に変な意味ではなくてですね……なんていうか……その……」
自分であんなことを言っておきながら慌てまくってしまい、視線を右往左往し、意味不明なジェスチャーをしながら必死に言葉を考える。
……って、俺がこんなんじゃダメだろ。落ち着いて、頭の中を整理して、伝えたい言葉を、ワードを繋げるんだ。
俺は瞑目して一度大きな深呼吸をしてから、真剣な表情で美人さんを見た。
相変わらず戸惑いの色が強い瞳だけど、ここで引き下がったらこの美人さんはネットカフェに泊まることになり、また変な男の餌食になるかもしれない。
今の美人さんからしたら、俺がそうなのかもしれないけど、とにかくそんなことにはさせたくないと強く思ったから、ここは言葉で信頼を得るんだ。
「あなたの話を聞いて、あなたをほっとけないって思ったんです」
「どうして、ですか? 私とあなたは、今日初めて言葉を交わしたはずなのに……」
「なんか……俺と同じだなって思ったんです」
「同じ……ですか?」
「はい───」
俺はさっき心の中で思ったことを美人さんに伝えた。『振られ神』と言われてきたということ以外。いや、正確には言えなかった……かな。なんでかは分からないけど。
「だから、あなたを放っておけないって思ったんです。ネカフェに泊まって、それでまた変な男に絡まれたりしたら俺も嫌ですし……。もちろん誓ってあなたに手は出したりしませんし不用意に触りません。それでも信用出来ないのなら、俺の部屋を一人で使ってください!」
「え? でもそれだとあなたが……」
「俺がネカフェに泊まったり、最悪野宿でもしますから。なぁに、一晩くらいの野宿なんて楽勝ですよ」
もちろん虚勢だ。この美人さんに信用してもらうための。
野宿なんて本当は嫌だけど、それでも美人さんが危険な目にあうよりかは何倍もマシだ。
「…………わかり、ました」
「え?」
「その、出会ったばかりで大変申し訳ないのですが、今夜一晩、あなたの家に泊めてください」
美人さんは俺に深々と頭を下げ、再び上げた時には戸惑いの表情はなく、とても美しい笑顔がそこにあった。
「っ!」
タイプな女性にそんな笑顔を向けられた付き合った経験ゼロな俺は、当然照れてしまい、その顔を直視出来ずに逸らしてしまった。心臓が痛いくらいドキドキしている。
中学、高校と、好きになった人はけっこういたけど、こんなにドキドキしたことはなかった。
「せっかく泊めてもらえるのに、お互い名前も知らないのは変ですよね? 私は九条那月と言います」
九条那月と名乗った美人さんは、笑顔のまま俺に手を伸ばして握手を要求してきた。え? マジで?
予想外の行動にまた心臓が跳ねたけど、ここで握手をしないという選択肢はない。
俺はズボンで手をゴシゴシと擦り付けて、ゆっくりと手を伸ばし九条さんの手を握った。
「俺は、降神祐介……です」
「よろしくお願いします。降神くん」
九条さんの手は柔らかく、そしてとても温かかった。まるで今の笑顔のように……。
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