第4話 よかったら、うち……来ませんか?
……どうしてこうなった?
ただ美人さんをナンパ男から助けるだけのはずだったのに……いや、「だけ」って思ったけどかなりレベルが高いミッションだったのはわかっている。
それを俺が完遂できた事自体、自分でも信じられないのに、それなのに俺はなんでこの美人さんの隣に座ってるんだ?
あとは彼氏さんに任せれば万事解決なのに……もう十分くらいこうして座っているけど、彼氏さんが帰ってくる気配は全然ない。
おまけに美人さんとあれ以降一言も喋ってないから、めっちゃ気まずい……。
俺も何話していいかわからなかったから喋れなかったけど、これ以上この空気には耐えられそうにないので、なにか喋らなければ! えっとえっと……。
「か、彼氏さん遅いですね!」
テンパっている頭ではマシな話題が思いつくわけもなく、俺は思っていることをそのまま口にした。
「え?」
美人さんから聞こえた、俺が椅子に座ってから聞こえた声……か細く、驚きと戸惑いが混じったような声音だ。というかこの人、声も綺麗だな。
「あ、いや、その……俺、このショッピングモール内にある本屋でバイトしてるんですけど、午前中に偶然あなたと……あなたと一緒にいる男の人を見まして……」
嘘は言っていない。「あなたが綺麗で、それに目立つ服装だったから」ということを言ってないだけだ。
「そう、だったんですね……」
「それにしても、彼氏さん遅いっすね~あ、あはは……」
俺はこの場の空気をなんとかして変えようと、笑って見せたんだけど、美人さんの顔は暗くなってしまい、さらには信じられない一言が美人さんから聞こえた。
「あの人は、戻ってきませんよ。……絶対に」
「……え? それはどういう……」
この一言に、俺はもしかしたら彼氏さんはなにかの事故に巻き込まれたのではと考えたのだが、次の美人さんの一言で、その考えを後悔することになる。
「彼は、私に別れを告げて、私を置いて、帰っちゃいましたから」
「…………は?」
俺は文字通り耳を疑い、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
「だから、これからどうしようと思って、ここで考えてたんです。そしたらさっきの人が声をかけてきて……」
「ち、ちょっと待ってください! え? 帰ったって……どういうことなんですか!?」
美人さんはそれからも話を続けようとしたのだが、あまりにもその彼氏の行動が信じられなかった俺は、美人さんに声と手でストップをかけた。
「な、なんで……? あなたを放って一人で帰ったってことですか!?」
頭の中で状況を整理しようとするけど、彼氏の行動が俺の中で常軌を逸していたから、考えれば考えるほど頭の中はぐちゃぐちゃになっていく。頭の中に検索機能がほしい。
「……どうやら私が彼を怒らせてしまったようで、それで一人で帰ってしまったんです」
美人さんは笑っていたけど、とても困った……そして悲しい顔をしている。
そりゃそうか。こんな状況になれば、誰だってそんな顔するよな。
「怒って帰ったって……」
デート中に喧嘩をするのは、まぁ百歩譲って仕方ないにしても、それで一方的に別れを告げて、彼女を置き去りにして一人で帰るなんて……あまりにも酷いだろ!? そいつ、本当に血の通った人間かよ!?
「仕方ないから、ネットカフェにでも行って一晩明かしてそれから帰る方法を考えようと思ったんです」
「あの……失礼ですけど、家はこの辺りではないんですか?」
美人さんの言葉で気になったのはそこだ。普通この辺りに住んでいたら、バスやタクシーで帰ることも出来るだろう。
だけどそれを言わないということは、この人は市外からここまで来たということになる。
「そうですね。実は私は、隣の県から来たんです」
「はい!?」
耳を疑うのはこれで何度目だ?
え? そんな遠くから来てるのに、彼氏はこの人を置き去りにしたのか!? マジで信じられないんだけど。
聞くと、この美人さんは俺と同じ県出身だけど、ここからタクシーと高速バスを使って帰ってもけっこうな出費だし、俺より年上のお姉さんがネットカフェで一晩明かすという選択をするということは、持ち合わせがあまりないのかもしれないな。
「ああ、実はあまりお金持ってないんです」
俺の視線が美人さんの膝の上に置かれている小さなバッグに集中しているのに気づいたのか、美人さんはそう説明してくれた。
バッグを見ていたわけであって、美人さんの美しい太ももを見ていたわけでは断じてない。
「す、すみません不躾な視線を送ってしまい……。その、彼氏さんが出してくれるからあまり持ってなかったとか、ですか?」
それならそれで、そんな優しさを持っている彼氏がなんでこんな酷いことをするのかと疑問が深まってしまうのだが、美人さんは俺の問にふるふると首を横に振り、俺があまり考えなかった……いや、考えすらしていなかったことを口にした。
「……逆、ですね。あの人とのデートでは、いつも私がお金を支払っていて、彼がお金を出したことは一度もありません」
「…………え?」
美人さんが悲しそうに笑いながら言ったその言葉を、俺はなんと言っていいのかわからず、ただか細く聞き返すだけだった。
いや、そんなこと有り得るのか!? 普通デートっていったら、男がデート代を持ったり、出し合うにしても男が多く支払うものだと俺は思っていたし、マンガなんかでもそんなシーンばっかり見てきたから、この美人さんの彼氏の行動が俺には理解出来なかった。
「私っていつもこうなんです」
美人さんは天を仰いで言った。
「私が今までお付き合いしてきた男性は、必ずと言っていいほど私に何かを要求……いえ、強要してきて、今回は「デート代は全部お前が払え」でした」
「……その、こんな言い方をしたらいいのかはわかりませんが、付き合う前にわからなかったのですが?」
「お付き合いする前はみんな私に優しかったんです。だから私も気を許してお付き合いしたんですが……その後からですね。みんな変わった……というより、本性を出したのは」
「…………」
この美人さんにかける言葉が見つからない。恋愛経験ゼロで『振られ神』と言われてきた俺には、有名大学の入試よりも難しいと思ってしまった。
「私って男運がゼロなんです」
「え?」
俺がなんて言おうか下を向いて考えていると、美人さんからそんな言葉が聞こえてきて、美人さんの顔を見ると彼女は俺を見て笑っていた。さっきより悲しみの色は薄くなっている気がする。
「っ!」
そんな美しい笑顔を見て、俺の心臓は跳ねていた。
「昔から良い人と巡り会えたためしがなくて……」
「…………」
この人はもしかして、俺と似た境遇なのかもしれない。
ここに至るまでの辿ってきた道は別……というか真逆だ。俺は好きな人が出来ても玉砕、あるいは告白する前から拒絶されて、いい人と付き合えるという希望は打ち砕かれてきた。
この人は付き合った人数は多いのかもしれないけど、付き合った男全てがクソみたいな性格の奴らばかりで、いい人と付き合えたと思ったら、付き合ってからその希望は打ち砕かれてきたんだ。
だからなのかは分からないけど、俺の中に、「この人を放っておくことは出来ない」という気持ちが芽生え、それが一気に強くなった。
「あの……!」
「え?」
気づいたら、俺はとんでもないことを口走っていた。
「よかったら、うち……来ませんか?」
この一言が、『振られ神』と言われてきた俺の運命を変えることになるとは、この時知る由もなかった。
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