第3話 少しだけ……お話し相手になってくれませんか?
「お疲れ様でしたー」
スタッフルームでエプロンをロッカーに入れ、リュックを背負って店を後にした俺は、左手で右肩を押えながら腕をぐるぐると回していた。
今日はマジで忙しかったから疲れた。明日はバイトもないし、掃除と洗濯をしたらあとはゆっくりと過ごそう。
明日は今日の疲れを癒すことに決めた俺は、外食にしようと思っていたが、疲れていたため急きょ予定を変更し、今日の夕食を買うために惣菜コーナー向かって歩き出し、その途中の有名コーヒーチェーン店の近くにある座り心地がいい長椅子を見て思わず足を止めてしまった。
「あれは……」
その長椅子に座っていたのは、見間違うはずもない今日の午前中に店の前を彼氏と歩いていた美人だった。
あの人、まだこのショッピングモールにいたのか。店の前で見たのが正午前だったから、かれこれ五時間くらいは経っているぞ!?
そして美人さんの正面には、チャラい風貌をした男が立っていたんだけど、あの人の彼氏とは明らかに外見が違う別の人物だ。
「ね~いいじゃん。一人なら俺と遊びに行こうぜ? そんな格好してさ、誰かに声かけられるの待ってたんだろ?」
「えーっと、そうではなくてですね……」
やっぱりナンパかよ!? あの美人さん、すごく困った表情をしている。
そばを通る通行人たちは、その二人のやり取りを見て素通りしている。はっきり言ってあの二人はかなり目立っている。
だけど問題はそこじゃない。あの人の彼氏がどこにもいないことだ。
自分の彼女がナンパされて困っているのに、あの彼氏さんはどこをほっつき歩いてるんだよ!?
周りを見渡しても彼氏さんの姿は見えないし、戻ってきそうな雰囲気でもない。
「あぁもう!」
俺は何を考えたのか……いや、考えなしに二人に近づいていった。
とにかくあの人を助けないとって気持ちしかなかった。あのナンパ男さえ退けたら、あとは彼氏さんが来てそれで万事解決だろ。
そう、いわばこれはあのナンパ男も助けることになるんだ。彼氏持ちの女の人をナンパして、これであのチャラい彼氏さんと鉢合わせでもしたら、あのナンパ男にも危害が及ぶかもしれないし、最悪修羅場になってしまう可能性だってあるからな。
「ご、ごめん……ま、待った?」
俺は手を挙げ、声が上擦るのをなんとか堪えてそう言い、二人に割って入った。
めちゃくちゃ緊張して喉がカラカラになり、脂汗も出てきた。
顔、引きつってないかな?
「え……?」
「あ?」
美人さんとチャラいナンパ男は、突然現れて声をかけた俺を見た。美人さんは困惑した、ナンパ男は睨みつけるような表情で。
こ、怖ぇ……。でも、声をかけたんだ。もう後戻りは出来ないぞ!
「す、すみません……この人、お、俺の彼女なんです」
もちろん嘘だ。
虚勢でもなんでも、とにかく今はこのナンパ野郎を遠ざけなければいけないんだ……ビクビクするな、目を逸らすな……睨み返す気持ちで立ち向かうんだ。
「…………」
「……ちっ、彼氏持ちかよ」
ナンパ男は俺の言葉を信じたのか、舌打ちをして悪態つきながら去っていった。
「……よ、よかったあぁぁぁ」
ナンパ男を退けることに成功した俺は、緊張の糸が切れて膝に手をついて大きく息を吐き出した。
「あ……」
それでようやく気がついた。俺、足がガクガク震えている。
そりゃそうか……初めてあんな怖そうな人に虚勢だけで立ち向かったんだ。これで平然としていられるのがおかしいよな。
でも、おかげでうしろの美人さんを助けることが出来た。
「あの……大丈夫でしたか?」
俺はうしろを振り向き、美人さんに声をかけた。
「…………」
だけど、美人さんからの反応はなく、ただ長椅子に座りながら俺をじーっと見上げていた。
う……見た目がタイプな美人さんに見られてるし、目線を下に向けると胸の谷間が見えるし、さらに下に向けるとミニスカートから伸びる美脚に目が行ってしまい、恋愛感情抜きにしても……どこを見てもドキドキする。目に毒だ。
って、そうだよ。俺の目的は達成したんだ。あとは彼氏さんが戻ってくる前にここから退散しなければ、今度は俺が怪しまれてしまう。
「じ、じゃあ俺はこれで……」
これ以上見るのも失礼だし、俺をじっと見つめる美人さんの視線も限界だったので、踵を返してここから離れようとした。
「ま、待ってください!」
「え?」
だけど、美人さんに呼び止められてしまい、立ち去ろうとした俺の動きはピタリと止まり、まるで錆び付いたブリキの人形のように、ギギギ……と、ゆっくり美人さんの方を向いた。
すると、美人さんは眉を下げ、懇願するような……なにかに縋るような表情をしていて、頬も少しだけど朱に染まっていた。
「あ、ありがとう、ございます! それで、その……迷惑ついでに、少しだけ……お話相手になってくれませんか?」
「…………え?」
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