第1章 美人なおねえさんと同居することになった

第2話 すげぇ美人

 四月のある土曜日の朝。

 俺はこの日、バイトのため大型ショッピングモールの中にある書店に来ていた。

「おはようございまーす」

 ノックをしてスタッフルームの扉を開けると、近くの椅子に座ってスマホをいじっている一人の女性がいた。

「お! おはよう祐介くん」

「おはようございます。マユさん」

 俺がマユさんと呼んだショートカットが似合う女性スタッフは、俺に気づくとスマホをテーブルの上に置き挨拶をしてくれた。

 マユさんこと仁科にしな真夕まゆさん。ここのバイトの先輩で、年齢は俺の二つ上の二十二歳だ。

 俺は来月で二十歳になる。

 美人だが基本的にはサバサバした性格なんだけど、相談事なんかは親身になって聞いてくれる頼れるお姉さんだ。あとアニメが好きだ。

 俺は自分のロッカーを開け、荷物を入れてスタッフの証であるエプロンを身につけ、タイムカードを操作した。

「お、もうそんな時間か。んじゃ、今日もぼちぼち働きますかな」

 マユさんはスマホをポケットにしまい、椅子から立ち上がり背伸びをした。

「今日は土曜日でお客さんいっぱい来るから、祐介くん任せた」

「いやマユさんもちゃんと働いてくださいよ!」

 マユさんは俺の肩に手を置きカラカラと笑っている。

 ここのバイトを始めて早一年。業務にも慣れ、他のスタッフさんとの人間関係も良好だ。

 そして特に仲がいいのがこのマユさんだ。

 仲がいいといっても『ライク』の方で、けっして『ラブ』ではない。

 マユさんと一緒にスタッフルームを出て、四十代の男性店長から簡単に朝礼を受けて、店内の掃除、陳列されている商品が乱れてないかの確認をし、いよいよ開店時間となった。

 開店してすぐは、わりとお客さんがまばらだったんだけど、一時間が経過した午前十一時を過ぎた頃にはかなりのお客さんがいた。

 レジ打ちや商品棚のメンテナンス、お客さんの問い合わせなどなど……スタッフ全員が忙しなく動いていた。

「なんか今日、いつもよりお客さん多くないですか?」

「確かにね。こりゃ臨時手当てを出してもらわないと」

「いや無理でしょ」

 俺が冷静にツッコミを入れると、マユさんは「だよね~」と言い、肩を竦めながらカラカラと笑っていた。

 そんな土曜午前中のお客様ラッシュを乗り切った正午前、俺はこの書店の出入口に一番近い、旬の本が並んだ棚を掃除していた。

「さすがにここは目につくから、乱れやすいよなぁ」

 通行人も止まって本をパラパラとめくって立ち去っていくので、必然的に陳列に乱れが生じやすい場所だったから、店長にもここは頻繁に見ておけと言われていた。

「よし。こんなもんか……ん?」

 メンテナンスが終わり、額の汗……はほとんど出てないけどそれを拭う素振りをしたあとに、このショッピングモールの通路を見たら、ある一人の女性に目がいった。

「うわぁ……すげぇ美人」

 身長は百六十センチ以上ありそうな長身でスレンダーな美女……背中まで伸びたゆるふわウェーブなライトブラウンの髪が、女性が歩く度に微かにだが髪がふわっと跳ねている。

 それに……細身なのに、出るところはしっかりと出ていてスタイル抜群だ。きっとめちゃくちゃモテるんだろうな。

 でも、俺は彼女の着ている服に違和感を覚えた。

 清楚系な、なんて言うんだろ……ふわりとした服が似合いそうな彼女が着ていたのは、それとはかけ離れた服装だった。

 黒のジャケットに、その下にはデコルテはおろか、少しだけだが胸の谷間が見えている露出度の高い服。

 そして黒のミニ丈のタイトなスカートに、これまた黒のニーハイ、そしてハイヒールと……上から目線になってしまうかもだが、彼女の良さを全然活かせていないコーディネートだった。セクシー……というより、エロいという表現が合ってそうな感じ。

 そして彼女の隣を見ると、彼氏らしき男が歩いていたのだが、一目見ただけでもわかるくらいの遊んでそうなチャラい風貌だった。

 きっと彼氏に無理やり自分好みのコーディネートをさせられたって感じだ。

 それにメイクも濃くて、それもあの人には合ってないんじゃないかと思ってしまった。

 もちろん知識なんてないけど、ナチュラルメイクのほうがもっと綺麗で可愛くなるんじゃないかって印象がある。

 そして彼女は彼氏と並んで歩いてなくて、彼氏の一歩後ろをついて行ってる。あんまり仲が良くないのかな?

 仕事を忘れてその美人を見ていたら、後ろから気配を消して近づいてきたマユさんに肩を組まれた。

「な~にサボって見てるのかな~?」

「うわぁ! ま、マユさん!?」

 マユさんは俺が見ていた方角を見て、さっきの美人を見つけた。

「なるほど……祐介くんはあーゆーのがタイプなわけだ」

「ち、違いますよ! 何言ってんですか!?」

 タイプなのは……まぁ、間違ってはいないのだが、俺はもう恋愛には懲りた身。美人としか思わなかったのもまた事実だ。

「あはは。照れんな若者よ」

「あなたも若いでしょ! というか、マユさんは知ってるでしょ……俺の昔のこと、話したんだから」

 この書店で働く人……いや、こっちに来て知り合った人の中で、俺が恋愛に懲りていて『振られ神』と言われていたことを話したのはマユさんを入れて片手で数えれるくらいだ。

 たまにご飯を奢ってくれたりするのだけど、言ってしまえばそれだけで、マユさんも俺を男としては見てなくてただの後輩としか思ってないといつぞやの食事の席で笑いながら言われた。

 俺もマユさんは……失礼ながらタイプじゃないから、こんな状態になってなくてもマユさんと何かが起こったりはしないだろう。バイトの先輩と後輩……もう少しフランクに言うと気の合う姉貴分って感じかな。

「酷いやつらもいたもんだよね。それはそうと、美人を見て目の保養をした祐介くんは、あっちをお願いね」

 そう言ってマユさんが指さしたのは、文芸書のコーナーだった。

「はいはい、わかりましたよ」

「んじゃ、よろ~。私はアニメ雑誌の方を担当するから」

 マユさんに適当に送り出されながら、俺は文芸書コーナーに移動した。

 自分の好きなジャンルをやりたがるんだからなぁ……マユさんは。

 そこからまた少しずつお客さんが増え始め、休憩時間以外はあまり息付く暇もなくて、そのおかげかあっという間に退勤時間の夕方五時になった。

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